平井銀二という男は、一筋縄では行かない男だ。
一度でも彼と関わったことがある者であれば、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。
よろしくない意味のファミリーである、巽や安田、船田に聞いたとしても同じだ。
ただ、彼らは付き合いが長く、平井銀二の中身を知っているだけに、こう一言付け加えるかもしれない。
曰く、プライベートはとても判りやすい、と。
Psychopathia Sexualis
「何ですか、これ…」
「ん?」
先輩方から遅れること数年、新しくファミリーに入った森田は、リビングにあるテーブルの上にぽんと置かれている制服を見て、ざわざわと心の扉を揺らめかせた。
大多数の人間は一生お世話になることがないけれど、日本に住んでいれば何度か遭遇する。
まだ家族が健在だった頃、家の近所にあった交番では、暇な時だけではあるが、小さな森田の相手をしてくれたものだ。彼らは今、どうしているだろうか。
「声も出ねぇか」
「…呆れてるだけですよ」
森田の職業は、人においそれとは言えないいかがわしいものではあるが、プライベートだけは健全ではあったはずだ。
目の前でにやにやと森田の様子を窺っている男と体の関係を持ち始めてから、それも若干は崩れ気味ではあったけれど。
森田は視線を男から机の上に戻す。
ハンガーにかかったままの、青をベースに作られた上着にスカート、そして婦人警官の象徴でもあるつるのこ帽。机のすぐ下には女性用の、しかし大きさだけは立派な靴が一足揃えられている。
また、制服の上に乗せられているのは腕章と特殊警棒、そして手錠に拳銃、そしてそれらを入れるための革バッグ。
拳銃は鈍い光を放っていて、とてもプラスチックとは思えなかった。考えるのも恐ろしいが、もしやあれは本物ではなかろうか。
「警察バッジと手帳もある」
森田が冷や汗を流しているのを知らぬふりで、平井はごそごそと内ポケットを探っている。
「ああ、これだこれ」
出てきたのはやたらと重量感のあるバッジと、表紙に旭日章がつけられ、金字で警視庁と入った黒革。
近くで本物を見たことはないが、平井が用意するものだ、嫌な予感的中、というところだろう。
「手帳が少しこっていてな」
「…どうでもいいですよ…」
チラリと見えたのは手帳の一ページ目。そこに書かれていたのは自分の名前ではなかったか。自慢げに無駄金を披露してくるこのおっさんを、誰か現行犯逮捕してやってくれ。
「そもそもこれ、どうやって用意したんすか」
「フフ、聞きたいか」
「……いや、やっぱり俺知らなくてもいいような気がしてきたんで…」
「まぁそう言うなよ、森田。持つべきものはご立派な仲間だよなァ」
「安田さんですか…」
悪党仲間の警視庁OBを思い浮かべて、森田は今度会った時に絶対に説教してやろうと決めた。
海千山千の悪党が、若造の説教を聞くとは森田も思っていないが、気持ちの問題だ。
「これで、森田の疑問も解決したな?」
「大事な問題は全く片付いてませんが」
「…それを今から片付けるんだろうが」
平井は制服の上に乗っていた小物を机の脇に寄せると、上着とスカートを手に取り、生え際から縦線を顔下に伸ばした森田に押し付けた。
「酒の席での約束…忘れちゃあ、いねぇよな?」
泣いて許されるものなら泣いている。
大悪党様は、それはそれは大層な笑顔で、森田にとっては悪夢とも言える数日前の出来事を聞かせてやった。
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新刊サンプル。実際は台詞間の隙間はありません。
見て判る通り、全力でギャグで銀王が若干(?)病気です。