スレ田が好きです


 僅かに空気が揺れた気がした。
 恐らくは隣の部屋で寝ている同居人が起きたのだろう。
 かけっぱなしにしているテレビに目をやれば7時10分。ニュースキャスターが今日は寒いので温かい格好で出かけろと喚いている。
 同居人の仕事は午後からだったはずだ。目を覚ましても、それまでは起きてこないつもりなのかもしれない。
 私生活の面では以外にルーズなところがあるから、そうだとしても別に驚くようなことではない。
 久々に時間が取れたことで昨日はそう時間をかけることもせずに交合したし、想像するだけに留まるが腰の痛みもあるはずだ。
 ズッとエスプレッソを啜って、平井は一般家庭では取られないであろう独特の文字が躍る新聞に目を落とした。

「………………」

 森田は、どうして己と寝るのか。
 簡単なようで本人も判っていない答えを、平井は疾うに知っていた。

 天涯孤独。一人ぼっち。
 彼が思っているよりも根の深いそれを、森田は決して認めようとしない。

 けれど平井は、そうやって今まで生きてきただろうことを知っている。
 己のみで乗り越えようと我武者羅に働き、僅かな快感を齎すギャンブルにそれをつぎ込む。そしてどうしても一人が耐え切れなくなった時だけ、人と寝る。
 それはなんて寂しい生き方だろうか。

 彼と寝た者は全員調べさせてある。男を金で買うような人間は知れているが、万一と言うこともある。
 …けれど本当の所は、仕事相手が森田と一晩でも関係を持ったことがあるなど、それが許せないだけだ。
 本人を目の前に、正気でいられる自信がない。

 そして、森田が認めようとしない寂しさに、平井は付け込んでいる。

 平井は付け込み、森田を抱く。何回夜を共にしたかなど、数えるだけ無駄だ。
 平井は彼がベタベタと纏わり疲れるのを嫌っていることを知っているのだから、そのように振る舞うなど造作もない。
 森田は平井が彼と寝ることはただの性欲処理だなどと考えているのだろう。
 平井は森田に遠慮しないし、好きなように抱く。まるで、お前は女の代わりだとでも言うように。
 だが森田はどれだけ疲れていても拒まない。そしてそれが、彼の弱さだ。

「フフ……」

 面倒臭い奴等だと腐れ縁の男は言うかもしれない。
 カップをソーサーに戻し、平井は一人ごちる。

 森田がただの愚直な青年ならば、平井は年若い彼を相棒にしようなどとは思わなかっただろうし、運だけでは今まで生き残ってこれなかっただろう。
 彼はどこか捨て身なところがあって、自分のことをどうでもいいと思っている節がある。
 それには時折暗い光を放つ瞳が、尚更に真実味を持たせている。

 けれども彼は、平井に言わせればまだまだだ。
 平井の手の上で転がされている内は、彼はそこから抜け出せない。
 本気になった平井に、青二才の森田が勝てる訳がないのだ。自分の心をコントロールすることができなくて、人を喰らう仕事ができるだろうか。
 そうやって平井は森田の好きなようにやらせ、その実、掌で心を弄んでいる。

「早く堕ちれば楽になれるんだがなァ…」

 あれもそれも、森田鉄雄と言う男を己が手の内に入れるため。
 その為ならば何でもしよう。まどろっこしい演技だって、それと気付かせずに演じてみせる。
 人肌に慣れてしまえば、寂しさも我慢できなくなるだろう。そうして平井の所に堕ちてくるしかないのだ。

 森田が汚いと思っている羽はまだ白い。
 それは平井銀二と言う毒に犯されていつしか黒く染まるだろう。

 寝室のドアが小さく軋む音を耳に入れて、平井は新聞で見えない口端を三日月に吊り上げた。


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銀王視点。別名、銀王初恋物語。物騒すぎる。