「来ておったのか」
息抜きを兼ねてだろう、主な仕事場である書斎から遠く位置する応接室に姿を見せたのは、当たり前だがこの城の王、鷲巣だ。
応接室のソファから覗くのは白く短い髪。鷲巣が部屋に入ってきても動じない人間には、一人しか心当たりがない。
「返事をせんか、赤木」
「…鷲巣」
赤木が腰掛けるソファの向かい側、上座に腰を下ろすとすかさず差し出される紅茶。一口啜ると甘い香りが鼻を抜けた。そういえばいい茶葉が手に入ったと吉岡が言っていたか。
ふと目をやると、ローテーブルの上に丸まった、何だか汚らしい紙が置いてある。
一見して判る。書類の類ではない。そんな大切なものならば、白服達がここに置いたままにしておかないだろう。
だとすれば持ち込んだのは赤木か。僅かに見えたのは鉛筆の跡だが、どう見ても重要なことが書いてあるようには見えなかった。
赤木はどうでも良さそうな顔で紅茶を啜っている。味が判るでもないだろうに、やたら時間をかけて飲んでいるようだった。紙と無関係を装っているらしい。
「なんだ、このゴミは」
赤木に見えるようにつまみあげる。しかし赤木は微動だにしない。相変わらず紅茶を啜るばかりだ。
…おもしろくない。これならば先月美術館に誘ってやった時の方が反応がよかった。
「鷲巣様、それは」
「捨てておけ」
「……はい」
「他に用がないのならワシは仕事に戻るぞ。いいな」
かまをかけても反応は同じ。これでは暇潰しにもならないではないか。休憩だと言うのに更に気が重くなってしまっては本末転倒だ。これなら厄介な狸達の相手をしている方がよっぽど判りやすい。
普段以上に無口でいるらしい赤木に鷲巣は匙を投げた。仕事ではともかく、プライベートでは気が長いほうではないのだ。
普通なら大きな音がするであろう扉は、ここでは主の意向で僅かにしか鳴らない。それも足の長いカーペットによってすぐに掻き消される。
あとに残るのは赤木と、鷲巣の身の回りを世話する僕達だけ。
「赤木…」
「帰る」
数秒後、同じ音を立てて出ていく招かざる客の姿があった。
握り締めるようにして持っていったのは、この館の主が描かれていた、紙、だった。
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美術館巡りデートで鷲巣は絵に興味あるのか…と思って似顔絵をプレゼント(でも鷲巣邸の机の上にそっと置くだけ)しただけの話。
たまには普通の恋人らしいこともしたいけど、どうしたらいいのか判らない悪漢。