Boy Meets Ghost


 朝からアテもなくブラブラと町をうろつく。
 洗濯し損ねたジャケットに擦り切れたジーパン。通りを歩けば突き刺さる視線が痛い。
 この街は、社会のレールからはみ出た者には酷く冷たく出来ている。
 見上げた空は今日も排気ガスを吸って澱んだ灰色だ。

 そうして表から裏通りに入ったところで、二百七十円の吸い慣れたパッケージから煙草を取り出し、チャチな百円ライターで火をつける。
 息を大きく吸い込めば、慣れた煙が肺を満たしてゆく。
 外にわざわざ出なければならない用事は無かった。気分転換。それだけだ。

「…………」

 煙が曇天に吸い込まれて消えてゆく。
 それを見て、森田は煙草の端が歯で潰れるのを感じた。

 無為に過ぎてゆく日々。
 危険と隣りあわせではあったが、充実していた日はもう戻ってこない。
 何より自分の手で、捨てたのだ。手元に残ったのは山のような大金のみ。

 思い出は美しいなんて、一体誰が言ったのだろう。
 自分の中の思い出なんて、思い返すだけでも反吐が出そうなのに。

「くそ…っ…」

 最後に対峙したものは、歪んだ欲望に翻弄された人々の愛情だった。
 立ち向かえない大きなものとかち合った時、力なき者は獲物として飲み込まれる。
 悪党を気取ったところで所詮は誰かの駒でしかない。本当に救いたい者は一人も救えない。

 森田は疲れ切っていた。
 本当は指を動かすのも億劫で、このまま朽ちる事ができればどれだけ幸せだろうか。

 でも、それだけはできない。
 命を無駄に消費していると言われても否定しないが、そこに生きていると言う事にそもそもの価値がある。
 死んだら終わり。貧乏人だろうが金持ちだろうが、死は優しく誰にも平等だ。
 死人に口無しとはよく言ったもの。死んだ後に何をされようが、言う口を持たないのだから、どんな風に扱われても文句など出ない。
 だから生きている内が華なのだ。己の人生をどう生きようが関係ない。生きているだけで、死人よりは勝っている。

「下らねぇ…」

 そうして誤魔化しながら半年が過ぎた。切るタイミングを逃した髪がそれを教えてくれる。
 自分でも判っているのだ、今の己が死人と変わりない、息をしているだけの傀儡なんて事は。
 一番下らない存在は自分だ。死人よりは勝っているという、それだけではないか。

 たったの半年で随分とチンケな人間になったものだと自嘲する。
 あの人が今の自分を見たら、何と思うだろうか。失望? 蔑視? そんなもので済めば軽い方だ。
 森田の今の死体の如き姿を見れば、彼の中にある己の残像は醜く形を変えるに違いない。
 『俺が牙……おまえの強運が翼……』、そう言ってくれた言葉は粉塵となって地に還るだろう。

「……チッ」

 変わることが怖いのだ。
 過去を引きずることがマイナスにしかならないと判っているのに、停滞することを望んでいる。
 いつか自分を迎えに来てくれると、ありもしない妄想を膨らませて。

 縁を断ち切った鋏は考えていたよりも重かった。
 こうしてグダグダと無意味な生を送るくらいには、難しい。

 しかしそれは暖かった居場所に水をかけた代償。
 当然の帰結だった。