森田の小さな居城に引っ張り込めば、男はふうんと呟いたきり、風呂なし1DKの小さな部屋にも文句を言うことはなかった。
何かしら文句を言えば叩き出してやろうなどと、意地の悪いことを考えていた森田はこれで頭から転んだ。
別に男が憎かったわけではない。だが、あの人に通じるものを感じてしまった自分を恥じ、彼がしそうにもないことを少しでもすれば、スッキリと別れられると思ったことは否定しない。
自分が身勝手な男だというのは、判っている。だが、己を止められないのだ。
生活すればするほど彼に似ている男に森田は首を絞められる。
思い出さずにはいられないのだ。男の仕草、行動、考え方までが似ているどころの話ではない。
けれど一度言われたことがある。
俺を誰かと比べるなよ、と。
自分はその時になんと答えたか。
しかし男を拾って3ヶ月、あの人と混同しないように努め始めたのは確かだ。
細かいところに目をやれば、当たり前だが別人。年の割りに子供っぽいところがあるところも、常に大人でいたあの人とは違っていた。
そうやって穏やかに過ぎる日々に、俺は少しづつ侵されていった。少なくとも、社会を斜めに見ることは殆どしなくなった。
森田の生活の中に入ってきた、その男の名は赤木しげると言った。
「俺ちょっとスーパー行って来ます」
お茶を啜っている男に背を向け、ジャケットに財布を突っ込んで靴を引っ掛ける。
赤木はふらりと何処かへ行っては、深夜に返ってくる。しかも出所が判らない大金を手に、森田に生活費だと言ってポンと渡す。
何を生業にしているのか、森田は知らない。けれど知らなくても困ることはないのだから、深くは突っ込まない。
向こう側の空気を嗅いでしまえば、嫌でもあの人を思い出さずにはいられないから。
この穏やかな日常を、壊すつもりはなかった。
「森田」
「何ですか」
「俺も行くわ」
湯飲みに残っていたのであろうお茶を飲み干し、よっこらしょ、といかにもおっさん臭い掛け声をかけて赤木は立ち上がる。
そして一張羅であろうスーツの上着を羽織って森田の横に並んだ。
「たまには体を動かさねぇとな」
「何ですか、それ…」
遠慮する性質でもないだろうに合鍵だけは要らないと言う赤木を横目に、森田はドアを閉めてしっかりと鍵がかかったことを確認する。
暖かい空間と入れ替わるようにして冷えた空気が体を包み、森田はふるりと体を震わせた。
「晩飯、何がいいですかね」
「ふぐさし」
「買いませんからね」
軽い軽口を叩く赤木はふぐさしをやたらと勧めてくる。
生活費を渡してるとか、そういう問題ではないのは判ってるのだろうに。
「だって放っとくとふぐしか食べないし」
「…そんなことはねぇよ?」
「いや、今の間が全てを語ってましたから」
気付いてない訳ではなかろうに、わざとらしくもぼけてくれた大人に森田の頬が緩む。
こうしている時間が気持ちいいと感じる程度には、赤木といる空間は心地良い。
自分のテリトリーに完全に招き入れるのは怖いけれど、少しだけ譲歩するくらいには。
「代わりにはなりませんけど、帰りにマフラーでも買いましょうか」
冬なのにスーツ一つで過ごそうとしている同居人へ、一足早めのクリスマスプレゼントだと思えば。
森田の提案がよほど意外だったのか、赤木は鳩が豆鉄砲を食らったのかのような顔をして、それから、ありがとうよと笑った。