きらきらと星が輝く寒空の下、ガチャリと安っぽいスチールを開けば、温かい空間が出迎えてくれる。
「ただいま」
「っ! お、おかえり!」
ドアを開けたと同時に飛び上がる同居人の姿は、平山の仕事が遅い時にのみ見られる光景で、それも珍しくなくなって久しい。
恐らく11月くらいからじゃなかっただろうか。
森田がこちらに背を向けているせいで、バタバタと必死に紙袋に詰め込むそれが何なのかは、平山には判らない。
「な…なに?」
「…いや?」
平山から目を若干逸らして愛想笑いをする森田に、はぁ、と溜息を吐く。
森田が平山のマイナスになるような事をするはずはない。ないが、隠されるのはどこか寂しいものがある。
己の領域に他人が入ってきているのだから隠したくなるのも判る。森田のプライベートなど、あってないようなものだとも思う。
加えてこちらは森田の家に転がり込んでいる身。全てを見せろなどと亭主風を吹かすつもりはないし、盗み見るような悪趣味もない。
しかし、もう少し信頼して、話してくれてもいいのではないだろうか。
平山はこちらに向き直った森田の背後の紙袋をチラリとだけ見て、ビールの入ったビニールを小さな三和土に置き、仕事靴を丁寧に脱いで端に揃える。
持っていたビニールは机の上に置き、手洗いと嗽をするために洗面所へ向かうと、背中から聞こえる声。
「今日は随分早かったな?!」
「…いつもこんな感じだけど。メシ、出来てる?」
「今温め直す!」
「焦らなくていいぜ」
偽証や虚飾の世界を生きてきたとは思えないような判りやすさである。こうなると溜息にすら溜息を吐きたくなる。
台所へ飛んでいった森田を横目に、手を洗って嗽を二回。ガスをつけていないのか、真水だ。前までは外で冷えた平山を思ってガスをつけていてくれたのだが、どうやらそれも忘れていたらしい。
小さいことだが、少しだけ気分が落ち込む。そういえば今日は途中で2回失敗した。あそこでは二萬じゃなくて四筒を切るべきだった。結果的に勝ったからいいものの、これではプロの仕事とは言えない。
頭を冷やすためにも冷たい水で用を済ませ、居間に戻る。
コンビニのロゴの入ったビニールから冷えた缶を2本取り出して、そこで、はたと気付く。
いつも通り2本買ってしまったが、今はもう午前様だ。平山は仕事前に軽く摘んでいったが、夕飯はまだ。逆に森田は平山の仕事の直前に帰ってきた。夕飯を食べていてもおかしくない。
「…鉄はメシ食った?」
「まだ。日が変わりそうなら先に食べようと思ってたけど、まだだろ?」
「…今1時な」
「は!?」
「本当だぜ」
机上のデジタル時計を台所まで見えるようにしてやれば、本気で驚く顔。完全に時間を忘れて作業していたに違いない。
寝酒にビールは重いだろうし、何より平山の夕飯につき合わせるのは悪い。完全に選択肢を間違えたと思ったが、この様子なら大丈夫だろう。
どこかしょんぼりとしたしっぽを見やり、皺になる前にスーツを脱いでハンガーにかけ、半透明のプラスチックケースから部屋着を取り出して身に付ける。
部屋の桟にかけると、調味料として使ったのだろう焼肉のたれの香ばしい匂いがしてくる。森田の料理幅を考えれば、今日は肉入りの野菜炒めだろうか。
寒さで縮んだ体を伸ばすようにカーペットに転がると、がさりと音がして何かとぶつかる手。
色眼鏡を机の上に置き、めんどくさげに視線を動かすと、平山を悩ませている原因がそこにあった。
今、森田は料理に集中していてこちらを見ていない。見るならば今だ。
しかしそれは、森田への裏切りではないのだろうか。普通なら悩む問題ではない。これは森田を信じられないということにはならないだろうか。
一分、二分、三分。
「………………」
冷蔵庫から卵を取り出す森田見て、平山は悪魔が囁くままにそっと手を伸ばした。
「……え?」
だが、中に入っていたものを見て、平山の思考が止まる。
編みかけのマフラーに、白い毛糸。そして端に入れられた不恰好な”Y・H”の文字。
これは、もしかして。
「幸ーもうすぐ出来上がるから、机かたしといてー……幸?」
「わ、わかっ…てる…!」
寝転がっていた体勢から跳ね上がって必死で声を繕うと、平山は紙袋を後ろ手に壁に押し付けた。
どうやら自分は、見てはいけないものを見てしまったらしい。
カレンダーを見るまでもない。もうすぐクリスマスということは街の様子から嫌というほど教えられている。
どうしよう、と平山は熱くなった頬を机に押し付けて、頭を抱えた。
そして、クリスマスのプレゼントは自分も似た色のマフラーにして、お揃いにしようと恥ずかしいことをこっそりと考えた。