「なぁ森田ァー、お前知ってるか?」
その一言が全ての切欠になろうとは思ってもいなかった。
「―――――おい」
闇を知っている者ならば、平井銀二の名前を聞くだけでぎくりとするだろうその人の、不機嫌然といった声。
ヤのつく怖い自由業の方と比べても遜色の無いそれは、そこらのチンピラならチビってしまいそうなくらいには恐ろしい。
しかし子供なら失神する声色のそれでも例外は勿論いるわけで。
「今日は絶っっっっっ対に離れませんからねっ……!」
向かい合わせに置かれているソファの片方だけで、所謂恋人座りをしているポニーテールの若者が奇特な例外。
無理矢理に居座られたのだろう、銀二の米神には薄っすらと血管が浮かび上がりつつあった。
二人の手元にあるのは仕事の話だ。
テーブルの上に散らばる写真たちは表には絶対に出せない資料。
成功すれば数十億が転がり込んでくるが、しくじればナマスにされるかもしれないという、危ない橋を渡る日を明日に控え、今はその最終打ち合わせ。
だと言うのに、銀二の翼こと森田鉄雄は額に縦線を走らせ、ぺったりと闇の敏腕フィクサーに張り付いていた。
森田はともかく、根が潔癖の銀二にとってこの状態で仕事の話など出来ようはずがない。
「何があったのがは知らねぇが邪魔だ。オラ、手ェどけろ」
今更遠慮もクソも無い。
シャツを掴む森田の手を除けようと握れば、じわり…と汗が銀二の掌にも移る。
そのじっとりとした手汗に、更に銀二の米神がピクリと動いた気がした。
ぎゅっと握り締めていたために、局所的にびっしょりと濡れたシャツが、銀二のお気に入りであることを森田は知らない―――。
「…………よし、いい度胸だ」
「銀…さん……?」
ソファから急にすくりと立った銀二に、思わず森田も手を離す。
位置的に銀二の顔は見えなかった―――が。
「ひっ………!」
くるりと振り返った銀二の表情に森田はピタリと固まる。
シャツを掴んでいた手は中途半端に上げられたまま。
「銀二さん……?」
思わず出逢った頃のような呼びかけになってしまう。
森田の腰は完全に引けていた。
もしかして俺は、とんでもない人選ミスをしてしまったんじゃないだろうか……?
助けて巽さん…!と困った時の先輩頼み(安田さんは銀さんを止めるには役不足だ。船田さんはそもそも連絡先を知らない)。
けれど今心中で叫んでもみても状況は変わらない。
下手をすれば状況が更に悪化するであろうことは、森田でなくとも判るだろう。
森田が一人で奮闘した所で、海千山千の大悪党の目の前では赤子も一緒。
「う、わっ!!!」
たらりと汗が額を伝ったかと思った次の瞬間、森田の体はぐいと引き上げられていた。
目の前には、とてもいい笑顔をなさったフィクサーが一人。
思い出すのは有賀と一戦やらかした後―――まさかのお姫様抱っこ。
「ぎぎぎぎんさん…!?」
「ククク…どうした? 森田……」
擬態語をつけるならば、にこぉ……とでもすればいいのか。
しかしその裏にあるものを感じてしまえば、その人の良さそうな笑顔は悪魔の笑みに変わる。
「そんなに仕事に身が入らねぇっつうなら、まずはその原因を取り除かなきゃなァ……?」
ニィヤリ。
表面だけなら邪気を感じさせなかった笑みが一瞬で悪魔じみた笑顔になり、森田の背中には冷たいものが滝のように流れ出して止まらない。
「何を怖がってるんだかな…」
自分よりもガタイのいい森田を抱え上げてスタスタと向かうのは奥の部屋。
器用にドアノブを回せば、広がるのはまぎれもなく寝室だ。
「……っ! ………っ!!」
最早言葉にならない森田に、悪魔は微笑む。
「悪党の言葉を信じるなんてまだまだ青いな、森田よ…」
其処で漸く真実を悟ったが後の祭り……。
『今度のヤマの場は”出る”らしいぞ』などと脅してくれた安田に心の中で涙を流しつつ、ベッドに拉致された森田は復讐をこっそり誓ったのだった。
Halloween Project(2009)
Title By 【207β】
[怪談的に30題] 023 心霊記念写真撮影会