「森田先生、次はこっちを頼む」
「は、はいっ」
森田の目の前にあるのは、うず高く積まれたダンボール。
そうしてダンボールを準備室に運び込んでいる森田の指示しているのは、教師にあるまじき黄色のスーツを見事に着こなしたナイスミドル、もとい平井銀二”先生”。
この学校のどこに金が埋まっていたのか、少子化に伴って低飛行してゆく学校の経営状態に、校長は悩んだ末に平井を呼び寄せたらしい。
森田が勤めているのは、何の変哲もないマンモス校。スポーツに秀でた学校でもなく、上位偏差値を争うような進学校でもなく、特筆すべき点もない学校に敢えて付け加えるというのなら、そこが私立であるということくらいなものだろう。
だからこそ迎えた学校の危機、なにせまだ勤務2年目の新米教師である森田の耳にまで届くほどだ。余程学校の経営状態は悪いらしい。
そして平井銀二といえば、一足深く踏み込んだ教育界では知らぬ者が居ないほど。
彼が勤めた学校は、どれだけ経営状態が悪化していても、1年後には上方に向かうという。その手腕は管理職の間では最早伝説。藁にも縋りたい私立校としては、聞き逃せない話なのである。
一体何をしているのやら、その平井の名は”闇の錬金術師”の二つ名と共に呼ばれているとか何とか。
「フフ……」
「…平井先生?」
「ああすまない。少し考えごとをしていたんでな…」
「はぁ……あの、全部ダンボール運び終わったんですけど…」
「ああ、ありがとう。森田先生わざわざ手伝わせて悪かった」
「いえ、どうせ空き時間でしたし…それにこれやたら重いし、一人じゃ無理でしょう」
特別だということを隠しもせず、平井に与えられている社会科準備室。社会化の先生は多く居れど、中々大きいこの部屋を使う人間は1人だけだ。
まだ机しか置かれていない殺風景な部屋に運ばれたダンボールには何故か『甘夏』と書かれており、ある種の異様な雰囲気を醸しだしていて、それを運んだ森田さえもを圧倒する。
それに教科書や板書用のノート、書類も入っているとはいえ、ダンボール10箱とは少々多すぎではないだろうか。
「中身が気になるかい…?」
「…っ! いえ! そんなことは!」
じろじろとダンボールを見ていたことがばれたのだろうか、後ろめたさもあってブンブンと首を横に振れば、平井はおかしそうにくつくつと笑った。
「嘘が吐けねぇなんて、人生損してるなァ」
「う、嘘だなんてっ!」
「嘘はもっときれいに吐くもんだぜ?」
「いえっ、だからっ!」
「なァ」
生徒指導する立場であるのに、長い縛り髪を掴まれて。
咄嗟に目を閉じた森田が次に目を開けた時には、平井の顔が目の前にあった。
「俺が居るのは1年だけだ。それが長いか短いか…この1年で俺のものにしてやるさ」
覚悟してな、森田先生。
そんな言葉が近くで聞こえたかと思うと同時に、ちゅっと濡れた音に加えて唇に柔らかい感触。
「――――――っ!!!?」
「トマトみたいに真っ赤だぜ」
「なっ、なっ! なに、してっ! 今ッ!」
「キスだが」
「ひっ!」
いけしゃあしゃあと言い放ってくれた新しい先生に対して、森田が取った行動といえば、新しく出来た準備室を去ることしか出来なかったという。
そして森田が去り際に置いていった「失礼しますッ!!」の大声に、平井は腹を抱えて笑っていたらしい。
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実習を頑張ってる私を乗り切れるようにと、牙が投げてくれたネタにうっかり食いついてしまった。牙、GJすぎるっ…!