リレー小説


第ニ走者→鳴海






「ふ、ぅ…っ……ァ、あ…」

「……気持ち、いいか?」

「ぎんさ…ッ、ま、……て…!」

「待てねぇなァ」

「う……っ、ア…!」

 ロンドンのある小さな部屋では今、召喚士見習いと彼に使役される悪魔が睦みあう、と言うには激しすぎる行為に勤しんでいた。
 空気は淫靡な雰囲気に熔かされて澱み、出口を求めて狭いアパートメントの中を彷徨っている。窓を開ける余裕すら、最初にキスを仕掛けられた時点で吹き飛んでしまった。

「あっ、あ………!」

 腕っ節も魔力も、目の前の悪魔には赤子のそれと変わらない。
 抵抗をしても軽くいなされて終わってしまい、そうなればあとは揺さぶられるだけだ。
 ぼろぼろと生理的な涙を普段は意志の強い瞳から零し、壊れた蓄音機のような意味のない言葉で悪魔の下で喘ぐ。
 本人には判らないだろうが、その光景もまた、悪魔にとっては何よりも美味しい食事と同義であった。

「手は、上だ」

「ぁ…い……」

 一言ずつ区切るようにして吐かれた言葉は、森田の服従を意味している。
 ふわふわと落ち着かない頭では拒否することもできずに、突っぱねるために使われる予定だった腕は森田の意思を離れ、犬の屈従のポーズを取ってから落ち着く。

 ここにきて、森田の意思は強い快感の中で全くの紙切れと化していた。
 脳内まで蕩かされるような快感の中でさえ、一流と呼ばれる召喚士なら跳ね返してみせるだろう。
 折れない意思は悪魔との契約において絶大な力を発揮する。己の意思をしっかりと持てば、悪魔に踊らされたりすることはない。
 だがしかし、森田にそれを望むのは酷というもの。森田は研究生であり、陰陽に関しては他人に勝るかも知れないが、こと西洋呪術に関してはかけだしである。
 加えて相手が悪かった。A++クラスの悪魔とも平然と対峙できるのは、彼がついている教授くらいなものではないだろうか。

「ひ、あ…らぁ……!」

「…いい子だから、泣き止め」

「む、り……んっ、」

 最初に悪魔に名前を奪われた時から、契約者としての絶対的な立場は疾うに失われている。
 悪魔がこの世に居られるのは契約者が居るからではあるが、名前を奪うことによって得た拘束性、これによって森田から一方的に契約を断ち切るということはできなくなっていた。
 名前を奪われることはつまり、悪魔に全てを委ねるということ。今ではどちらが従属しているのか判らない。
 悪魔の気分次第で、森田の命の灯火は簡単に消えてしまう。

 だが、この自分の命を握っている悪魔を、けれど森田はどこかで大丈夫だと”知って”いる。理由など、何処を探しても見付からない、しかし、彼は別だ。
 森田は自分を好き勝手しているこの悪魔に、いつの間にか絆され、毒されているのを自分でも判っていた。

「ふあ! ぁ、っ、もう、やめ……」

「まだ、だろうが。この瓶を一杯にするには、少々足りないみたいだぜ」

 腰を持ち直し、銀自が空いた片手で支給された小さな瓶を振ると、ちゃぷんという音が森田の耳に届く。

「ぃっ…!」

「一杯になるのにどれだけかかるかなァ…?」

「そ、んな…!」

 どのくらいこの行為は続けられているのかとぼんやりとした頭で考えて、それでも3時間はゆうに経っているだろう。
 最初に手伝ってやろうかと問われた時に断ればよかったのだ。中途半端な答え方をしたものだから、口頭での魔法契約が交わされてしまった。
 完全に、油断していたのだ。森田の日常に割り込み、溶け込んでいった悪魔に。

 元々、学生が一人でできる程度の魔力の抽出だ。幾ら厳しい教授だとはいえ、講義を受けている人間の半分ができるかできないかという難しい課題は出したとしても、その範疇を大きく越えるものは出さない。
 適当な悪魔を呼び出し、魔力を練るだけで済んだのに、この色魔は色々予想外すぎた。
 具現化された魔力の欠片は、自分達が下品な音を立てる度に森田の体から出ていっては、透明な瓶に吸い込まれていく。

「綺麗な銀色だ…相性がよくなきゃあ、こんな色は出ねぇぜ」

「しる、かっ……!」

「クク…褒めてんだ……練成する時間も省けて良かったな?」

「は、っ……アン、タ…がっ、邪魔さえ、しなけ、りゃァ……!」

 口では言えないような行為で得た魔力の欠片を提出するつもりなど、頭から選択肢にも入っていなかった。
 しかし躯はとっくに限界を超え、行為が終わった後に新しく悪魔を呼び出すことは難しい。

「はっ、あ…! ……ァ…!」

 瓶に目を向けると、特殊な魔法でもかけられていたのだろう、時間の間隔が飛ぶまでこうして件の悪魔と繋がっていると言うのに、銀色は8分目から増える気配がない。
 量が増えない分密度でも濃くなっているのだろうか、などとなげやりな気分でいると、不意に上から落とされた不機嫌な声に現実へと引き戻された。

「……邪魔だったかどうか、明日の講義で存分に教えてもらってきな、”森田”」

「ヒ、ぁっ!? ……ゃ、ぁあああああ…!!」

 くつくつと人の悪そうな笑みで腰を打ち付けてくる悪魔を睨み、どうしてこんな事になってしまったのだろうかと森田はぼんやりと考えたが、それも快感の中で熔けて緩やかに消えた。



*     *     *



「おはようさん…ってお前、凄い顔やで!」

 一発目の講義が一緒の友人に会うなり心配され、医務室に押し込まれたのは今日の朝のこと。
 おはようと返す余裕もないくらいに、体は勿論、腰が特にダメージを受けていることに、森田はひっそりと涙した。

 それでも、レポートで替えが利かない魔法実技の講義に、こうして重い体を押して出るのは、森田を気が済むまで好き勝手してから消えた悪魔に対しての意地と言っていい。
 腰を擦りながら、教授の所に昨日の無駄な頑張りの成果を提出しにいった時に、図らずも褒められたのが余計に癪だった。

「……アレ?」

 一人ずつ行う魔法実技。砂埃が舞う結界の中、森田は首を捻っていた。
 人外のものが見える者達にとっては切り離せない問題、悪魔に遭遇した場合の対処方法―――悪魔が力の高い者を食らうと魔力が上がる。つまり一般人を襲うよりもまだ弱い召喚士を食った方が効率的という嫌な話だ―――をやっていたのだが。

「アレを一発でかよ…」

「信じられねぇ…」

「でもアイツ、先週はそんなことなかったよな?」

 ざわざわとどよめく他の生徒もだが、一番多いクエスチョンマークの中にいたのは森田だろう。
 今森田が倒したのは、所謂中級悪魔。本当ならば相手をするのは低級悪魔だったが、何故か森田と同じ結界内では出てこない。仕方なく結界の外で呼び出すも、森田の姿を見止めるやいなや魔界へと逃げ帰ると言う始末。
 これでは実技にならないと、苦渋の選択で教授が呼び出したのは、中級悪魔の中でも比較的弱いとされる種類であった。それでも森田達、研究生にとっては苦戦するはずのものだったのだが、あえなく一撃で撃破。それも拘束呪文によってである。
 ただ拘束するはずの魔方陣は悪魔の体を締め上げ、体を引きちぎるようにして持っていった。

 勘のいい森田はこれで気付かない盆暗ではない。
 どうしたことか、体は重いのに魔力だけは増幅されている。これがあの悪魔から魔力を抽出、練り合わせた結果だとは思いたくはない。
 しかし、現実はどうだ。体に残された残滓が敵の魔力に反応して、体の意思に関係なく勝手に動くのだ。
 拘束呪文も、考えるより先に口走っていたと言う方が正しい。

「フン、貴様は少し勉強しておるようじゃな。拘束呪文をああ使うか」

「え…と……あ、ありがとうございます…」

 教授の口から出た言葉が余りにも珍しくて、何を言われたのか一瞬判らなかった。
 森田が驚くのも無理はない、教授から褒められたことなど一度としてないのだ。そしてこの教授に限って、生徒を褒めるということがまずないと思っていた。
 周りの研究生達の視線も、褒められた森田ではなく、教授にいっている。熱があるのか、まさかプライベートで何かあって引退なのかと、彼らの目が言っていた。

「プロフェッサー…?」

「なんだ? 皆してわしを見おって」

「もしかして…引……熱が?」

「不必要な発言は控えろ、ミスター西条。そんな暇があるのなら、今こいつがやったことと同じことをしてみるがいい」

「いっ!?」

「できないのならばマイナス、じゃな」

 西条と呼ばれた男は森田の魔法をなんとか真似ようとしていたが―――――予想通りと言うべきか、人間の魔力しか感じない彼にできるわけもなく。
 目も当てられない西条の失敗にくるくると喉で笑う教授は、最後に今日の己の結果と解析という課題を出し、その日の授業は全て終わったが、森田はある考えに至っていた。



*     *     *



「図書館図書館、っと」

 特殊な大学だからだろうか、入り組んだ廊下を上に下にと進み、森田は漸く目的の場所に辿り着いた。
 森田の前にどんとあるのは、つい誰が入るのかと考えてしまうくらいに巨大な扉だ。それが森田の存在を感知し、ギィと湿った音を立ててゆっくりと開く。勿論、自動ドアではなく、魔法の力による。この程度なら、恐らく妖精魔法だろう。

 王立魔呪術研究大学。そこは呪術の中心となっている研究場所だけあって、図書館の広さは国立や私立で建てられた呪術館の数倍は広い。
 一般的に出回っているものから、裏ルートに闇ルート、非公式な本までを、あらゆる伝を駆使して集められただけあって、ここで揃わない呪術本は存在しない。この広さと量を見れば、頭で考えるよりも先に納得してしまうだろう。

「悪魔と人の魔力についてだから……こっちの方向でいいんだよな……」

 森田は人目を気にしつつも、本の迷路の中から目的の棚を探す。
 しかし簡単には見つからない。呪術が専門なだけあって、魔法であちこちが拡張されて本が詰め込まれているのだ。しかもそれが、急に棚が増えたりもするから、探している棚まで中々辿り着けない。

「どこだ…?」

 きょろきょろと周りを見渡し、見つけた棚のコードを調べて右へと曲がる。
 調べる内容が、人と悪魔の交わりについてという情けないものだが、今の森田には重要なことだった。
 悪魔と繋がることで召喚士の体内に魔力を移し最短で欠片を練る、それは予想がつく。だが、その後に残された魔力をどうすれば元に戻せるのかということが問題だ。
 だるい感覚はあるというのに、実際はどうだ。何かに操られているかのように、体は動く。気持ちが悪いことこの上ない。
 内容が内容なだけに教授に相談することもできず、それで普段使わない図書館にまで足を伸ばしたと言うわけだ。

「ええと……あ…、ここか」

 迷いながらも漸く辿り着いたそこには、森田の探していたものばかりが集められていた。見渡す限りの本が圧倒的な存在感で主張している。

「うげぇー…これ全部見るのかよ…」

 勘弁してくれ、とぶつくさ文句を言っていた時だ。
 バサリ、と音がした。

「…………?」

 振り返っても誰も居ない。きょろきょろと周りを見渡しても同じ。
 このジャンルを取り扱っている本棚には森田しか居ないようだった。

「本…?」

 急に背筋が寒くなり、不意に沸いた恐怖を打ち消すように体を動かしたいと言う欲望に従って、森田は落ちていた真っ赤な表紙で包まれた本を拾い上げた。
 しかし棚を見るとなるほど、乱雑に入れられたのだろう、整然と並んでいるはずの本の列が一部突出しているところがあった。

「驚かせるなよな……ん?」

 拾い上げてみれば、タイトルは表紙にも背表紙にも、裏表紙にも書かれていない。ただ判るのは、これがよほど古い本だということ。綴じが甘くなって数ページが挟むように捻じ込まれていた。
 けれど一際目を惹くのは表紙の紅。人の血を、塗りこめたかのような色だ。それがリアルな赤黒さで以って森田の手の中にある。

「ぅ……」

 見れば見るほど、人の血のようだ。
 古いが故に、カバーとしてベルベットをかけているのだろう高いカバーも、一度認識してしまえば、じゅくりと血が滴ってきそうな気配さえ漂ってくるようだ。

「気持ち、悪…」

 これも、妙な本を持っているからだ。森田はその不気味な本を棚に戻そうとして、けれど不意に襲った一瞬の立ちくらみに、思わずといった風に手を滑らせた。

 どさりと落ちる本。
 間に挟みこまれていた中身が、飛び散る。

「や、ば―――」

 言い終わるか終わらないかといったタイミングで、ごうと突風が吹く。思わず目を閉じる。
 生温い、風だった。

「………………」

 そっと目を開いた時、風は納まっていた。
 そして驚く。

 本が、ないのだ。
 さっきまでバラバラと散らばっていた紙は勿論、重そうなハードカバーもない。
 すわ今の風で飛ばされたかと考えた所で、森田の背がぞくりと冷えた。

 此処は図書館という密室だ。入り口など遠い遥か。図書館内は魔法によって本の至適温度に保たれ、窓を開ける必要性もない。
 ならば、今の風は?

「っ…………!」

 嫌な予感がした。

 けれど、その場所から背を向けた所でぐいと掴まれる。明らかな意思を持った、手だった。

「…おい兄ちゃん、人を召喚しといて挨拶もなしかい?」

 聞こえた声、そして台詞にまさかと思う。
 恐る恐る振り返れば、幻覚にしてははっきりとした影。そして姿を見て森田は戦慄する。

 黒で統一された衣装に身を包んだ男の頭から生えているのは角だった。
 角と言うのは、下級悪魔、そして上級の悪魔の中でもごく一部にしか見られない代物だ。
 言うなれば魔力の塊といったところだ。下級悪魔は角を守る力を持たないが為に外に露出してしまうのだが、けれど上級悪魔ではその意味は逆転する。
 魔力の塊である角は狙われればひとたまりもない。その角の露出は、己の力を誇示する目的でしかない。
 狙われても圧倒的な力で以って敵を排除できる、余程の悪魔しかできないことだとどこかで読んだ。
 有名な所で、サタン・ルシフェルなどがいい例か。何せ、一般人にまで名前を知られている程である。

 そのレベルの悪魔が、森田の目の前に居るのだ。
 震えそうになる体を叱咤して、できるだけ強く見えるように言葉を紡ぐ。

 男は召喚と言った。召喚したのは十中八九森田だろう。
 どうやったのかは判らないが、影を見る限り契約は結ばれている。ならば今、力が強いのは森田のはずだ。

「何故、此処にいる」

「知ってて呼び出したんだろう? ―――森田鉄雄」

 名前を。いつの間に。
 前の失態を反省した所で、またしてもこれなのか。
 冷たい手で心臓を掴まれたかのような心地がして、ざぁ、と血が引く。

「顔色が良くないぜ?」

 空いていた手で頬をつるりと撫でられ、皮の感触に、銀二のそれとは違った意味で肌があわ立つ。

「どうし、て」

「それは名前を知っていたことか? それとも勝手に契約が結ばれていたことか? ああ、どうして俺が此処に居るのかも知りたいんだったな」

 なんでもないことのようにつらつらと並べ立てる男が恐ろしい。

「俺が普通の悪魔と違っているのは判るだろう?」

「でも、血、だって」

「血? ああ、そりゃあ媒体の話だろう。血は肉体の中で一番の穢れだからな。俺達に馴染みやすいから使っているだけだ。現に、今回使わせてもらった媒体はお前さんの魔力だぜ?」

「嘘だ」

 媒体の話など、講義で聞いたこともない。テキスト、いや、この図書館で探しても見付かるかどうか。
 魔法は秘されているものが多いのも事実。一子のみに口伝の魔法もや呪術も未だにある。それらは文章化はされていないし、漏れれば力を失うというデリケートなものもある。
 この悪魔が言ったのは、そのトップシークレットにあたるものではないのか。

「何が嘘なもんかね。試しに別のモンで試してみな。もしかしたら何かが引っかかるかもしれないぜ」

 やれやれと覚えの悪い子供に諭すように、肩に置いていた手を頭に移動させてわしゃりと撫でる。
 同時に悪寒が森田の背を駆け下りた。

「まぁ人間が俺達のことを理解しようとすること自体、無理な話さ」

 どこか冷めた言い方に違和感を持ったのは一瞬。

「そんじゃあ…ま、味見とするかね」

「は……?」

 けれど、刹那風が森田を襲ったかと思うと、目の前には天井が広がっていた。背中には冷たい大理石の温度。押し倒されたのだと気付くにまで、暫く時間があった。

「ちょっ…」

「往生際が悪いな」

 天井を映していた視界に、すぐに悪魔が入り込む。
 距離が近い。顔が近づく。味見とは、まさか。
 再び森田を襲う嫌な予感が背中から離れない。あと、1センチ。

「森田鉄雄……お前、銀二を知っているんだろう?」

 この魔力の匂いは間違いねぇと、口端を上げて笑う悪魔の隙間から尖った白が見えて、やはりこれは現実なのだと森田に知らしめた。


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取り敢えずエロでバトン受け取ったので、エロでパスを返してみます^^←鬼である
私も色々ネタを突っ込んだので、更に内容が判りにくくなってたらすいません…!
でもおこさんが何とかしてくれる…はず! おこさんは魔法が使えると思います。速さと素敵さが半端ないもん。


第三走者→おこさん