リレー小説


第四走者→鳴海






 蕩けている。
 腕が、足が、頭が。体の全てが沸騰しそうな熱に浮かされている。
 無理矢理に魔力を注ぎ込まれ、まともにものを考えることも出来ない。まるで脳味噌を無遠慮な手でかき回されているようだ。

「きもち…い…ッ……」

「フフ……そうやって素直にしてるお前は―――――だぜ…?」

「ゃ、あ…いっ、おれ……も、うっ…!」

「イっちまいな、―――――」

 低いバリトンが耳を通過するが、それを脳で理解するには及ばない。
 途切れ途切れに聞こえる声が僅かに記憶を掠って消えていく。

 ――――――――覚えておかなければと、あの時心に刻んだはずなのに。

 俺は、根こそぎ奪われる感覚に、ただ、溺れていた。



*     *     *



「森田、お前最近ちょっと顔色悪ないか?」

「…そうか?」

「そうかって…頬の肉落ちてるやないか。鏡見てみィ、そのままやとブッ倒れてもおかしないで」

「ハハハ……」

 友人の鋭い指摘に冷や汗を掻きながら、毎晩大悪魔にヤられてりゃ誰でもそうなるだろうと内心だけで突っ込む。

 一人だけでも持て余していた銀二に加え、今度は赤木とか言う大悪魔まで増えたのだ。
 衣食住の心配はしていないが―――魔界へ帰ればいいだけの話である―――大悪魔を二人。
 赤木は魔力を毟ろうとは思っていないとは言ったが、それでも契約しているだけで消費されてゆくものである。A++クラスの大悪魔ともなれば、その量は半端ではない。

 実を言えば、銀二だけでも契約するのは辛かったのだ。
 銀二を呼び出した翌日、魔力が枯れて全く使い物にならなかったのをよく覚えている。魔力の無駄遣いをするからだと、不本意ながらも教授に怒られたのだから。
 しかも銀二は呼び出しもしていないのに、ちょくちょく現世へと現れる。魔界と現世を繋ぎとめる森田の魔力が、その度に無駄に消費されたのはいうまでもないだろう。
 そして消費を少しでも軽減する為に森田が考えたのが、瞑想や、力の強い場所から魔力を貰ってくる案である。
 瞑想することで自己を高め、空気に溶け込んでいる魔力の欠片を拾ってくるのは、そんなに難しいことではない。何しろ、森田が身を置いている環境は、魔力の濃度が違う。そして、無為に消費された魔力というものが、あちらこちらに散らばっているからだ。それを掻き集めて、己のものとしていた。
 とは言え、それにも限界はある。散らばっている魔力は千差万別、質も違えば気配も違う。森田の体に馴染まない魔力を拾ってきても、体が勝手に拒否してしまうのだ。
 となれば、同じ質の魔力を貰う方法が一番楽である。ありがたいことに、森田が居る場所はイギリス。魔力が溢れている場所には事欠かない。
 ストーンヘンジがいい例だろう。ロンドンから200km、それくらいの距離ならば、超心理学科の友人にテレポートで飛ばしてもらい、向こうで思う存分魔力を吸ってくることも可能となる。
 帰りはテレポートは使えないから自分で帰るしかないが、銀二レベルの悪魔にしてみれば200kmも一瞬だ。それに呼び出すための魔力は回りに満ち溢れている。

 そうやって今まで何とか凌いできたのだが、だがしかし悪魔が二人になった今、魔力の消費量はとても瞑想や他の場所からの充填で補えるようなレベルのものではなくなっていた。
 今の森田ならば、ストーンヘンジのど真中に住むくらいでなければ、大悪魔二人を繋ぎとめることはできないだろう。
 しかし、それは現実的に考えて土台無理な話だ。
 また、魔力を溜める容量が問題もある。
 ある程度の魔力は体に溜めることができるとしても、森田ではその器がまだ浅い。容量は修行なり何なりして増やすことはできるが、一朝一夕でできるほど簡単なものではないのだ。

 ならば、どうするか。
 答えは簡単だ。魔力が減るたびにこまめに補充すればいい。
 魔力が満タンの状態ならば、二人一緒に召喚しなければならない時でも、ギリギリ呼び出せる。

 問題はその方法だ。
 こまめに充電するには、瞑想は弱い。
 かと言って、ストーンヘンジへひょいひょい行けるわけがない。魔力は持つだろうが、その前に肉体が悲鳴を上げることになるだろう。

 森田は考えたが、結論は出ず。
 考えるたびに泥沼に嵌まった森田は、いっそ二人とも魔界へ帰そうかと思い、教授の所にまで押しかけたのだから、その困窮振りが窺えると言うものだ。…その結果が、盛大な失敗だったとしても、後悔はない。
 それが、教授に説明しようとすると声が出ないわ、筆談で説明しようとしたらポルターガイスト現象が起こるわで、教授に追い出されてしまったとしても。

 そして、単純かつ明快な答えを出してくださったのは、件の赤木とか言う悪魔だった。

「お前が俺達から魔力を取りゃあ良いんだ。そして、俺達はそれを貰う。つまり、銀二の魔力は俺に、俺の魔力は銀二にってこった」

「そんなことが…」

「できるできる。見たところ、お前さんは魔力を自分の体に馴染ませるのが得意そうだしな」

「…ちょっと待てや、赤木。お前、森田を媒体にするつもりか」

「それなら効率がいいだろうが。何せ魔力は俺達のなんだ。文句を言うところがねぇ」

「そうじゃねぇ! …赤木、お前判って言ってるな?」

 赤木の提案は理解できたものの、銀二と二人の会話にはサッパリついていけない。
 赤木が持ちかけたのは、森田を間に挟むが、実質は二人で魔力をやりとりするということだろう。無駄に魔力を持っている大悪魔だからこそ、できる芸当である。
 なのに銀二は反対している。それの一体何が駄目なのか。

 と、そこまで考えて、森田の血が頭からざぁと下がる。
 お前から魔力毟ろうなんてそんな無体はしねえよと、赤木が言ったことに違いはないが、その方法が問題だ。
 赤木は森田を中継して彼らの魔力をやりとりすると言った。魔力を注ぎ込む、その意味するところはつまり。

「冗談じゃねぇっ!」

 魔力の抽出だ何だと言われて銀二に貪られたことを、森田はしっかりと覚えていた。

「あん? ならいい方法でもあんのか? それとも今直ぐ俺達の呪いを解くとでも? できないことは口にするなよ、兄ちゃん」

「ぐっ………」

「このままじゃ俺達ァ共倒れ…いや、俺達は魔界に帰るからいいとして、お前さんは魔力吸い取られてすぐにお陀仏だぜ」

「お前が来たからな」

「ククク…それを言うなよ銀二、文句は趣味の悪い呪いをかけやがった奴に言ってくれ。まァ、そういうわけだ。諦めな、森田君」

 ベロリと唇を舐められて、後は言わずもがな。腰の痛みだけで死にそうだと云うことだけ言っておく。
 結果として赤木の言う通りになったわけだが、一生味わう事がなかったであろう箇所の痛みに早くも心が折れそうだ。

 不幸中の幸いなのは、三人で、とならなかったことくらいか。魔力の器になるということが、こんなに辛いとは思わなかった。
 一緒になって突っ込むのは嫌だと両人達がごねたため、毎日交代ということで落ち着いたのだ。
 けれど、ここで一番強調しなければならないのは、その取り決めが森田の意志を無視して交わされたということである。
 何が悲しくて男の自分が悪魔に掘られなければならないのか。まさか貞操の心配をすることになるとは、数日前の自分は思いもしなかった。こうなってしまった今だって、まだ信じられないのだから。

 そもそも、召還士と悪魔の関係はこんなものではなかったはずなのに、現実はこれだ。目の前の悪魔達が例外すぎたと云う他ない。
 二人の仲の悪さを見てもさもありなん。顔はそっくりであるのに、性格は真逆もいいところ。
 赤木は自分が楽しければそれでいい、ある意味悪魔らしい悪魔だ。
 そして銀二は、森田のことを赤木から庇うような行動をままとる。数日前に比べれば、まるで紳士だ。だがそれも、赤木と言う悪魔が居るからこそ。
 何より一番似ているのは森田に無体を働くときの嬉しそうな顔というのだから、先が思いやられるというものだ。

「医務室行って来た方がええんちゃうか?」

「ハハ…大丈夫だって」

「………森田…そんなに、わいに言われへんことか?」

「え?」

「お前が何か悩んどるのは知ってる」

「川田…?」

「魔力の質も変わったな。それも日によって少し違う。何より、お前の魔力から嫌な匂いがすんのや。厄介なことになってんなら、わいにも言え。少しくらいなら力になれるやろ…?」

 森田の瞳を見すえ、真剣な眼差しで訴えてくる川田に、心が揺らがなかったわけではない。寧ろ、揺れて仕方がなかった。
 言いたいのだ。森田も。
 この悪循環から、抜け出したかった。

「川田…あのな、俺、        」

「なんや?」

「          …っくそ、やっぱりか……言いたくても、魔法がかかってるみたいで言えないんだよ」

「教授には?」

「とっくに行ったさ。やっぱり喋れなかったけどな」

「禁言の魔法契約か……それなら、わいより西条の方が詳しいか…」

「あー…」

 やたらと森田に絡んでくる同胞を偶に思い浮かべて、溜息をつく。
 西条が森田の為に動いてくれるかどうかは判らない。それに、話せるようになったところでどうなるものでもない。
 教授に言って魔界に送り返してもらうにしても、あの大悪魔達は二人で一つ。契約を解除する時は二人一緒だろう。
 そうなったとしても、森田には何の問題もない。今までと変わらない生活が待ってるだけだ。

 だが、森田には一つだけ引っかかってることがあった。…銀二だ。
 共に夜を過ごすことが多くなり、厚顔が剥がれてきたとでも言おうか。
 最中は脳内を灼かれるような快楽に当てられるためにうろ覚えでしかないが、銀二の森田に対する仕草や愛し方が、ただの契約者と悪魔のそれでは無いような気がするのだ。

 気のせいならいい。
 だが、最中に注がれる眼差し、その奥に薫る焔は到底誤魔化せるものではなかった。
 気にすれば気にするほど、ずるずると引き込まれていく。

「…まだ、大丈夫さ」

 人間と悪魔という線引きがある限り、森田は落ちない。



*     *     *



「お前はいつまで黙ってンだ?」

 片割れの言葉に、銀二は形のいい眉をピクリと跳ね上げた。

 此処は魔界、銀二と赤木が住んでいる城である。
 魔界とは言え、飾られている調度品は現世のものと殆ど変わりなく、壷に剣とおおよそ現世の中世を再現したような内装だ。
 魔物の首を飾るような悪趣味は二人にはないし、文句をつけるならば、もう少し品のいいものを置きたいと言うことくらいか。現世から持ち帰ったものも幾つかは有るけれど、これが魔界での限界だった。

「森田鉄雄…よく似てんじゃねぇか。アイツによ」

「関係ねぇよ」

「関係ない、ね……お前さんはあくまで認めねぇってか。よくやるよ…俺達に呪いをかけたのが、」

「…俺は黙れって言ってんだぜ、赤木」

「はいはい……」

 赤木は降参とでも言いたいのか、おちゃらけるかのようにハンズアップの姿勢をとった。それがまた銀二の苛立ちを煽る。
 どうして赤木と同じ呪いを受けなければならなかったのか。考えるだけ無駄だ。所詮は気紛れな男の仕業である。
 赤木は寧ろ、銀二の罰に巻き込まれたと言ってもいい。銀二が赤木を快く思っていないにも関わらず、余り強く出られないのはこのためでもあった。

「でもな、銀二。お前は見えていない」

「………………」

「森田鉄雄は、アイツとは違うんだぜ?」

「―――――知ってるさ」

 あの時こうしていればよかった、なんて後悔は何度もした。
 それでも、何もなかった方が良かったとは思わない。その証拠に、目を閉じただけで過去が思い出される。恒久の刻を生きてきた銀二の記憶に、昔の情景が今でも鮮やかに刻み付けられているのだ。

「でもどうしても出逢っちまう運命にあるんだよ…」

「……………」

「探しちまうんだ。魂を。翼を」

 あの、輝きを。
 無垢な天使の、欠片を。



*     *     *



「おっかしいなぁ…」

「お、楽しそうなことやってんじゃねぇか」

「赤木さん…また来たんですか」

「おいおい、人を害虫を見たみたいな顔で見るんじゃねぇよ」

「…赤木さんってたまに凄いこと言いますよね」

「そうか?」

 大悪魔の言葉にこくりと頷いておく。

「何しにこっちへ?」

「いやなに、銀二に追い出されただけさ。そしたらお前さんが面白い事やってるのが見えてな」

「面白くは…ないですけど」

 床にチョークでガリガリと書いて完成だ。
 森田の目の前にあるのは、魔法則に則って書かれた幾何学模様。魔方陣である。
 銀二を呼び出した時のような、大掛かりなものではない。間違ったとしても呼び出せるのは、せいぜい中級悪魔のBクラスである。
 だが、教科書に載っているような安い魔方陣であるがゆえに、鉄板だ。間違いなど、それこそ数万分の一あるかどうかと言うところだろう。

「大変そうだな…学生ってのも」

「貴方方が来なければこんな手間はかからなくて済んだんですけどね」

「ん?」

 そもそも、どうしてまた悪魔を呼び出さなければならなくなったのか。

 その答えは簡単だ。このままでは森田の体が持たないからである。
 毎夜体を貪られるだけではない。森田は人間であるからして、日常生活、と言うものが必要である。それを悪魔達はちょっとどころか、完全にお忘れになっているらしい。
 レポートはやらないといけないし、食事だって取らなければ死んでしまう。洗濯は勿論、部屋の掃除なんて悪魔達が来てからとんとご無沙汰だ。

 そういう訳で、森田はとても困っていた。
 人間生活を営む為に、森田自身が悪魔を欲したのだ。弱くて従順な、森田のための悪魔を。

「ふぅん……」

 机に腰掛け、どこから取り出したのか煙草を口に銜えて、森田を観察しているらしい悪魔は無視して呪文の詠唱を始める。

 口から紡ぎだされる詠唱は、西洋の呪術と東洋の陰陽が合わさった森田のオリジナルだ。使えるのは過去には既に実験済み。
 元々が言語が違う者達との会話になるのだから、決まった言葉などないのである。探せば、念じるだけで悪魔を呼び出せる者もいるだろう。

「―――――――」

 ぼうと魔方陣が発光し、床から伸びている椅子や棚がガタガタと騒ぎ出す。
 魔方陣は輝きを増しながら床に吸い込まれてゆき、模様の真ん中から出現した紫閃がバチバチと音を立てた。ここまでは成功だ。
 瘴気が少しばかり強くなった所で森田は頃合を見計らい、指先をナイフで傷つける。薄く切った皮の隙間から血が滲み、やがてじわじわと広がってゆく。
 呼び出すのに十分な量を見て、森田は傷つけた人差し指を床に向けた。ぽたり。

 ごう、と生臭い風が吹く。魔界の風だ。
 その、刹那。

「これも入れてみろよ」

「………っ!?」

 ひょい、と。
 赤木がこれまた何処からか取り出したのか、練乳をにゅるりと魔方陣の上に搾り出した。

「ちょ…アンタ! 何やって……!!」

「まぁ見てな」

 魔方陣の真ん中に開いた穴に、白い液体が吸い込まれて、消える。


 瞬間、爆発した。


「うわっ…!!!」

 咄嗟に目を閉じたのがよかったのか。爆発音は何かに遮られて小さくしか聞こえなかった。

「なっ……」

 風が止んだ時、森田は誰かに抱き込まれているのを知った。
 原因を作った赤木かとも思ったが。しかし薄らと目を開けば目に飛び込んできたのは真白。

「……お前か?」

「は?」

 薄くしか開いていなかった目を開けて、上を見上げれば、見たことのない顔。
 その男の背には、しっかりと爬虫類を思わせる羽がついている。

「俺は、幸雄。お前は何て言うんだ?」

 そして尋ねられたまともな質問に、森田は思わず腕を男に回していた。
 嗚呼、これで俺の苦労が減りそうだ、と。

 後ろでは大悪魔の舌打ちが聞こえた気がした。


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途中で幸雄出せないかと思ってヒヤヒヤしてました…ごめん幸雄…でも出せたぞ…!
そしてリレーの事で、最初におこさんと話してたネタも盛り込んでみました。練乳^^
んでもって落としたフラグはおこさんが拾ってくれると信じてる…!←


第五走者→おこさん