ただの客が悪魔か


※森田がウリやってます。苦手な方はバックっ…!






「幾らだ?」

 誰も信じられない街、ゴミや掃き溜めを集めた穴蔵のようなストリートに一人立っていた森田は、不意にかけられた声に肩を震わせた。

 今晩は空手かと思っていたところだ。さっきまで近くに立っていたカイジももういない。
 メインストリートから一本外れた裏路地は、コートを着ていても立って居るだけで寒く、そうして場所を変えようかと考えていた時に降ってきた声である。

 振り向けば、いかにも金を持っていそうな匂いがする、ダークグレイのスーツに身を包んだ壮年の男が立っていた。
 つま先から上に値定めるように眺めてから、最後に顔を見る。面は悪いどころか上等で、抱く人間に困っていそうにも見えない。それにこれほどの男ならば、抱いてくれと願う女や男がいてもおかしくないだろうに。
 人好きしそうな笑みを浮かべている顔は、今までの客とは一線を画して優しく見える。

 けれどそういうのに限って変態が多いと言う話は、森田は身を以って知っていた。
 金を匂わせて足がつかない男娼を買いに来る客にも、幾つか心当たりがある。

「…1000で手、2000で口、4000で本番。プラス1000ポンドで欲しいサービスもするけど。……買ってくれるの?」

 媚びはしないが無愛想にもならないように、客の好みが判るまでは、当たり障りのない商売用の笑みを貼り付けて森田は言った。

「安すぎるな」

「え?」

「安すぎる、と言ったんだ」

「あの、お客さん? 意味が」

「5000、その倍出そう。明日の朝まで居られるか?」

 全く話が見えない。会話が成り立たないのだから当たり前だ。
 見た目は普通そうなのに、と内心で男を罵る。

 それに、美味い話には毒がある。客を引く前に、センパイ―――今はもう居ないが―――から習ったことである。
 男娼に10万、高級娼婦ならまだしも、自分にである。
 森田は手技や技術に優れていると言った事はなく、本当に、ただの場末の男娼に過ぎない。

 それに言葉をかけてきたのは、今あったばかりの新規の客だ。そう簡単に信じられるはずがない。
 のこのことついていって、最悪、殺される可能性だってあるのだ。

「悪いけど、断る」

「ほう? なぜだ? これはお前さんにとっても悪い話じゃないだろうに…寧ろ破格の交渉だ」

「交渉? 馬鹿言うんじゃねぇ! こんな商売してるって言っても、殺されるのはごめんだっ」

「………殺される、ねぇ?」

 男は森田を見てにやにやとした笑みを浮かべる。

 ゾッと、した。

 先程までの、人の良さそうな顔は何処にもない。ただ、悪魔のような眼で森田を見ている。

「死にたくないって?」

「そ、そうだ!」

 森田の脳内に甦るのは、昨日の客が残していった夕刊だ。三面記事に出ていた”殺人鬼Murder-KING、また現る!”の文字が脳内に踊る。
 書かれていたストリートはここから目と鼻の先、しかも殺されているのは男娼ばかりだと聞く。そして惨い殺し方だとも。
 底辺で生きているからこそ、生に執着する彼等の情報網は、時に一般人のそれを凌ぐ。
 学がない故に新聞が読めずとも、そういう情報は自然と耳に入ってくるものだ。

「金につられない、か。…お前は見所があるな」

 ニィと口端を歪ませて哂う男に、寒さにではないひやりとしたものが森田の背に走る。
 目が駄目だ。この男は森田達がいる世界の外で動いている。常識など、何の役にも立たない。
 この時ばかりは、周りに誰も居ないことを悔やむしかない。

「逃げるか?」

 一歩、また、一歩。
 近付いてくる度に、見えない冷気が森田の体に絡みつき、地面に縛り付ける。
 ガチガチと噛み合わない歯が鳴るが、構っていられない。

「怖い、か…そんな感情、忘れちまったなァ…」

「う、ァ……」

 白い手袋に包まれた指先がそっと頬を撫で、その感覚を感じたと共に森田は意識が黒に塗り潰されていくのを感じた。


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日記からサルベージ。相変わらず中二病ですいません。
気が向いたら続き書きます。