馬鹿なのはお互い様


「なぁー、はーらーだー」

「うるさい。オドレちょっとは黙っとらんかい。気ィ散ってしゃあないわ」

「原田が構ってくれたら黙るよ」

「ああそうかい」

 何て不毛な会話だろう。
 誰が座るのか知らない黒革張りの馬鹿デカいソファを陣取り、ゴロリと寝転がって天は天井を仰いだ。

 どうして俺は此処にいるんだろう。
 天の拠点は言わずもがな東京で、今いる此処は大阪。その足で新大阪のホームを踏んだのだから間違いない。

「なぁ原田ー帰っていい?」

「もう直ぐ終わるから、大人しく待っとれ」

「…さっきからそればっかりなんだけど」

 とは言え、通年通して金に窮している天である。
 沖縄や北海道ほど遠くはないが、東京から大阪までは新幹線でもヒョイヒョイ来れるような距離ではない。主に金銭面で。

 なのに今、天は大阪にいる。
 原因は半ば拉致のようにして此処まで連れてきた黒服達だ。
 柄の悪い大阪弁を使う知り合いで、なおかつ天を拉致するような輩は、幸か不幸か一人しか知らなかった。

 そしておとなしく着いてきた結果がこれだ。
 恋人未満の関係を持つ情人は、天が来てからも茶の一つ入れることなく―――元々あんまり期待してはいなかったが―――机の上の書類とにらめっこを続けている。
 甘い言葉を期待していた訳ではないが、これには正直閉口する。

「…実力行使に出るよ?」

 聞こえないくらいの小さな声で呟いて、天はソファから立ち上がり、仕事に熱中している原田の後ろに忍び寄った。
 仕事柄気配には敏感な男だから、天の行動にも気付いてるだろうが、特に何を言ってくることはなかった。と言う事はつまり黙認だ。

 背を屈め、スーツから僅かに見えているうなじに、歯形が残らない程度に噛み付く。
 鼻をくすぐるのは原田の香水の匂いか。ふわりと香る匂いはキツくもなく、原田に合っている。

「―――っ!」

 バサバサという音は、恐らく原田の手元に陣取っていた奴等のものだろう。
 噛み付いたままゆっくりと舌を這わせば、少し塩辛い味がした。

「…食べてもいい?」

「……オドレは待てもできん駄犬か」

「ふふ、手厳しいね」

「オドレが待ってたらすむ事やろ」

「一体どれだけ待ってたと思ってんのさ」

 言葉を交わしながらも、うなじに歯を立てては癒すように舌を這わす。
 声だげを聞いているとそうでもないが、ぴくりぴくりと動く筋肉が原田の感情を教えてくれるようで楽しい。

「お仕事も根を詰めすぎると体に毒だよ」

「休みくらいは取っとる」

「へぇ…」

 がり、とうなじに強く歯を立てれば、傷つけたのか僅かに血の匂いが天の鼻に届いた。

「俺に嘘を吐くなよ。目の下の隈、サングラスでどうにかなるもんじゃないでしょ、ソレ」

「……何の事や」

「抗争激化、だって?」

「…下らん週刊誌ばっか見てんちゃうわ」

「じゃあ本当の事なんだ」

「………カマかけよったんか」

「さぁ?」

 鉄錆が天の舌の上を転がっては喉の奥へと消えてゆく。
 それにちゅうちゅうと吸い付いていたら、原田が後ろ手で天の頭を押しのけた。

「何すんの」

「何すんのとちゃうやろが。ワイが何も言わんのに調子のっとんとちゃうで」

「それは原田が構ってくんないからでしょ」

 ここまで来たのに、帰ってもいいの?
 耳元でそっと囁けば、僅かなタイムラグがあって、その後に小さな溜息が聞こえた。

「…オドレは」

「なに?」

「もうええ。ヤるならベッド行くで」

「ムードがないね」

「うっさいわい」

 憎まれ口を叩くが、サングラスを机の上に置いて天の方に振り返った原田の瞳には、明らかに情欲の欠片が薫っていた。
 それにしたり顔を見せれば、軽く頭を叩かれる。痛くはないが、できれば歓迎したくはない。

「1時間や。それでええな?」

「原田の好きなように?」

「ハッ、駄犬の癖によう言いよる」

「嫌いじゃないだろ? 馬鹿犬も」

「ゆう事聞くばかりのええ子や、おもろないからなァ―――」

「でも”待て”以外なら上手いよ俺は」

「知っとる」

 くすくすと下らない下ネタで笑い合う俺達は、恋人でもなく、そこに情なんて存在しない。
 でも、もしかしたらじゃれあいを楽しんでいるのは、案外自分かもしれないなんてことを思って、仮眠室に向かう原田の後ろで天は笑みを一つ零した。


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誰ですかこの恥ずかしい人達。書き終わって読み返したら甘くて吃驚した…!
そして原田が大阪弁喋りまくりで御免なさい。もしかしたら近畿圏じゃないと意味が判らないかもしれない。