「で、それが何や」
「こう…ときめいたりしない?」
「するか阿呆。オドレの年を考えてから言え」
白スーツにサングラス姿、関西屈指の暴力団のお頭はじとりと天を睨みつけた。
場所はベッドの上、使いどころは確かに間違っていないはずなのに、どうやら組長様はお気に召さなかったらしい。
しかし周りを見渡して見ればなるほど。
白いベッドシーツはゴワゴワしていて、ショッキングピンクの壁には何だか判らない黒い染みに小さな落書き、天上にへばりついているシャンデリアもどきは気分を盛り上げる為にか着色されていて、更に安物っぽさを上塗りしている。
原田を連れ込んだラブホテルは外見ばかりで外れだった訳だ。
東京と大阪という物理的な距離と、背負っているものが違う二人の逢瀬は少ない。
一年を均せば月に一度というところ。黒服によって天が大阪へ拉致されるか、原田が仕事でこっちに来るかの二択しかない。
基本的に、二人共が気分が向けば逢うという人間だから、普段は連絡なんて取り合わない。相手のことを忘れる事もしばしば。
しかしそれを酷いとは思わない。互いにいい年で、かたや関西最大の暴力団の組長と、かたや嫁を二人囲うやり手の男。付き合っている訳でなし、そのくらいの距離がちょうどいいのだ。
それでも偶に逢った時には、付き合い始めのカップルもかくやと言わんばかりの蜜月を送るのだがそれはさておき。
「せっかく嫁さんに意味まで聞いてきたのにな…」
「無駄な努力ご苦労さん」
嫁がビデオ店で借りてきたとある旧作。
フランスで製作されたらしいそれは一部では有名な作品らしく、嫁二人に巻き込まれた。
断ればいいのに、変な所で甲斐性を見せるのが天であり、件の作品を三人仲良く一緒に見たという訳だ。
その中で使われたとある台詞、『Je t'aime.』とは日本語で言う『愛してる』との事らしい。
愛に生きる恋多き男は様々な女に声を掛けていたが、死ぬ際になって気付いたのは、本気で愛した人はただ一人だったという、言ってしまえばそれだけの内容なのだが、それなりに楽しめた。
そして途中に幾度も使われていた台詞が『Je t'aime.』。
愛の言葉を囁く男は場面場面では真剣だったのだが、移り気やすい性格だった。だから女達は個々に見切りをつけ、男の元から次々に去っていく。
また、男が愛してしまった女と言うのが曲者で、彼の言葉を笑って受け流す人間だったのだ。
だから男は何度も愛の言葉を囁く。彼女の心を射止めるために。
それでも女は男のものには決してならなかった。彼が死の際にいる時でさえ、涙の一つも見せずに去っていったのだ。
120分の映画が終わった時には嫁達は号泣。
使いかけのティッシュの箱が一つ消えた。
「どう思う?」
「なんでワイに聞くんや」
「嫁さん達に説明してもらったんだけど、いまいち判らなくてさぁ。で、同じ男の原田なら判るかと思って」
「ワイが知るかいな。映画も見てへんし、それだけ言われても答えられんわ」
「そうだよね…」
「まぁ、これからコトに及ぼうかいう時にそんな話題を持ってきたら当然やわな」
「え」
原田はサングラスの上縁から色を乗せた目を覗かせ、人の悪そうな顔で笑っていた。
しゅるりと赤いネクタイを解く手付きは手馴れていて、それでも天を煽るのには十分だった。
「オドレがしたいのは、映画の話か?」
天の傷だらけの頬を撫でながら、原田は小馬鹿にしたように天を見上げ、ワイにそんな小細工は要らん、と零した。
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『愛してる』言葉よりも態度で示せ。
映画は捏造です。でもよくありそうな内容ですいませ…!