今回の逢瀬は、原田の仕事ついでの東京だ。
原田の仕事が一段落してから相手に連絡し、落ち合ってからは深夜までやっている飲み屋をハシゴ。
今更気を使う相手でもないし、思ったよりも美味い酒だったこともあり、原田もついつい酒を過ごしてしまったようだ。
「そろそろ出るで」
「判ってるって」
「姉ちゃん、代金ここ置いとくで!」
酒の代金にしては少し多すぎる金を置いてから店を出る。
可哀想に、有り難う御座いました、と言う若いバイトの声は少し震えていた。それに少し悪い事をしたかと原田は思う。
「ねぇ、原田」
「なんや」
切り出す天の声は平静そのもの。
けれど、さっきまで酒を舐めていた時の上機嫌さは無い。どちらかと言えば、不機嫌なそれ。
「俺さ、乱暴な事は嫌いなんだよね」
「そら気ィ合うなぁ。ワイもコトはできるだけ穏便に済ませたいタチでな。…ま、相手が相手なら、やけど」
余計な言葉は付け加えず、互いに視線を一つ交わせばそれが合図。
「らァァアアア!!!!」
自らを奮い起こすような声を上げながら暗がりから飛び出してきたチンピラに、原田はまず挨拶代わりに人中に一発。
天もその横で二人目の男の鳩尾にローキックを決めていた。どれだけの威力かは知らないが、まともに入ったそれに男は腹部を押さえ、もんどりうって地面に転がる。
「…フォローは要らんようやな」
「原田も、流石組長様って感じ?」
どれだけいるのだろうか、暗がりから湧いて出てくるチンピラ共。その数はざっと十を下る。
ギラギラとした目はハイエナのようだ。どれだけの金を貰ったのか、それとも手柄を立てるためか。
やられた仲間を見てとうとう遠慮もなくなったらしい彼らは、思い思いの獲物を持って二人の前に立ち塞がる。
ナイフ、メリケンサックは当たり前、何処からか拾ってきたのか鉄パイプを手にしてる者までいる。
万が一殺しても構わないと言う事だろう。ならばこっちも遠慮しなくていい。これは正当防衛だ。
「遠慮は要らんで。ワイが全部責任持ったるわ。好きに暴れ」
「太っ腹だねぇ…でも俺も手加減が苦手だから助かる―――よっ」
原田も天も、一般人とはかけ離れた世界に身を置いている。
そんな二人が、向けられる不躾な視線と殺気に気付かないはずがなく、居酒屋に居た時からその視線には気付いていた。
彼らは二人がいい気分になった頃合を見計らっていたに違いない。
素面では勝てないかもしれないが、酒が入ればもしかしたら―――尤も、その幻想は現実の前にあっさりと裏切られるのだが。
「あと一人になってもうたなぁ…?」
他の仲間は既に原田と天の前に泡を吹いて倒れ伏している。
後がなくなって怖くなったのだろうか、今だ戦う構えを見せている所は立派だが、既に目で負けていた。逃げたいとオーラが訴えている。
群れる事が好きな輩は一人にされると途端に弱くなる。彼らは弱いから群れるのだ。
原田の目の前にいる男も、一人ならば二人に楯突こうとは思わなかっただろう。
「ワイは売られた喧嘩は買うで。勿論、逃げんやろうなァ? ま、オドレ等如きで勝てるとも思えへんが」
舐められれば危うい家業だ、売られた喧嘩は熨斗をつけて倍にして返すのが極道の通り。
ただのチンピラだからと言って、そのルール適応されないわけはない。
もしこれでチンピラのバッグに居る奴が文句を言ってきたとしても、その上に掛け合うだけだ。原田にはその力がある。
天もそれを承知しているのか、口を挟むような事はしなかった。
情には篤いくせに、自分の世界の外ではいっそ冷酷とも取れる態度を貫き通す。身を置いている世界が違っていることを判っているからだ。
わきまえる所はわきまえる。だから原田は天を遠ざけようとは思わないのだ。
「来るなら来ィや?」
「うっ…わぁぁああ!!!」
破れかぶれと言った状態で、ほぼ泣きながら角材を振りぬいた男は原田の敵ではなかった。
がらあきの腹にアッパーを叩き込むと、大量の唾を噴出して吹っ飛んだ。恐らく彼の胃は酷い事になっているだろう。
「あー可哀想に」
「オドレも喧嘩売ってんのか?」
「冗談! 原田と喧嘩したらタダですまないでしょ」
それに原田とは喧嘩より違うことしたいからね。
周りに聞こえないように配慮したのか、耳元で囁いた天の言葉にさもありなんと原田は苦笑した。
「巻き込んで悪かったな」
チンピラどもは原田を目的にしていたのだろう。現役組長の一挙一動を警戒しすぎて、極度に緊張していた姿を見れば判る。
だから連れ立っていた天をただの男だと舐めて、痛い目に合っていた者も多数。
「俺疲れちゃったなー」
「ふざけてんとしばくで」
「ふざけてなんかいないよ。原田に責任とってもらいたいなぁって思ってるだけで」
原田の肩に顎を乗せて文句を言う天は本気ではない。つまりは、お誘い。
元々がその予定だったのだ、それが少々遅れただけで他に問題はない。
「自分も楽しんでたくせに、どの口が言いよる」
「人生楽しまないとさ。ね?」
裏に隠された言葉を理解すれば、あけすけすぎる誘いに原田も我を張るのを止めた。
原田も別に天の事を嫌っているわけではない。
「泣いて乞うても知らんからな」
「原田こそ」
胸ポケットから紙巻を出し、口に咥えてライターで火をつける。
肺を満たしていた紫煙を吐き出せば、ほの暗い闇にゆったりと溶けて消えた。