翼の痕が微かに光る


 小さな部屋に篭る熱と湿気、そして時折混じる声と水音。

「っく、あ」

「痛いか?」

「だいじょう、ぶ」

 ベッドの上でゆさゆさと揺らぶられているのは、圧し掛かっている人間よりも体躯のいい男だ。
 低くはないが女のように高くもない彼の声は、その空間には驚くほど馴染んでいた。

「…鉄雄」

「な、に…」

 腰を掴んでいた手を片方離し、額に張り付いた髪をかき上げてやれば、濡れた瞳が平山を刺す。

 熱に浮かされている躯とは裏腹に、赤い双眸はどこまでも冷静で、最後の理性を手放すことはしない。
 何処を、誰を見ているのかなんて判りきっている。
 平山には到底追いつけない人、なんだろう。

 体を何度重ねても、その人間は森田の中から追い出せない。それほどに深い所で繋がっている。
 最早会うこともないと自嘲気味に呟いていたのは彼のはずなのに、忘れることを恐れるように、ふとした時に平山にその人の話をしては何かを確かめている。

 森田は孤独だ。こうして身も知らぬ平山を家に上げて、住まわせるくらいには人に飢えている。
 けれど己の領域に招いていても、森田は平山を心の裡に入れることは決してしない。
 平山に、他人に彼の心を塗り潰されるのが怖いのだろう。

「てつ…鉄雄…」

「ぅ、あ…ァあ…」

 平山が森田の所に居ついたところで、これから先も裡に入れてくれることはないのだろう。漠然とだがそんな気がする。
 表面でどれほど繕っても、二人の心の距離は近付かない。

 こうして熱を与え合っている時、森田の心はいつも遠い所にあって、平山の名を呼んでは違うところで泣いている。
 そして平山はそれを承知していて、森田もそのことを知っている。
 だからこその距離。平山が此処から追い出されない理由。

 気持ちとは、双方向の繋がりだ。一方的に何かを押し付けるだけの関係は直ぐに破綻する。
 少なくとも平山はそうであると思っている。

 だから平山は森田に自分の気持ちは押し付けることはせず、ただ待つ。時間が彼を癒してくれる事を。
 過去を知らない自分が足掻いた所で、それしか出来ないのを知っているから。

「イきそう?」

「き、くな…!」

 腰を穿つ速度が上がり、汗が平山の額からぽたりと森田の腹へと落ちた。
 大小問わず傷だらけの体。それも人前では見せられないようなものばかりが肌に走る。
 それらは森田が大切な人を拒んだ代償で、失われた彼の世界と思い出を繋ぐ唯一の手がかりだ。
 その傷を平山はいつも丁寧に一つずつ舐めていく。まるで、己のものであるかのように。

「ふ、…ァ……ゃ……!」

 縦横に走る薄い色に口付ければ、その度に森田の腹筋が快感を感じてはぴくぴくと痙攣した。

「あっ…あ……!」

 限界が近いのだろう。森田の分身はふるふると白濁の蜜を流して、終わりが近い事を示している。
 平山はそれを見て取って、軽く握りこんで緩急をつけながら扱く。
 出口に爪を立てて促せば、白い液体が平山の手を汚し、同時に森田の胎内がきゅうと締まった。それに抗わずに平山も森田の最奥に欲を吐き出す。

「ごめん、中、出した」

「ん…いい……」

「俺も手伝うから」

「そうしてくれ…」

 受身で疲れた森田は眠いのだろう。平山が自身を抜き出す時も呻き声を少し上げただけで、ベッドに懐いている。
 けれど処理を後回しにすると腹を壊してしまう。疲れているところで可哀相だが、これだけは今しなければならない。

 ベッド横のテーブルの上に乗っていた箱から数枚ティッシュを引き抜き、ぐったりといった呈の森田の腿を開いて、先程まで平山を受け入れていた後孔に指を差し込む。
 指先を鉤のように曲げて中を探れば、どろりと濁った液体が乾いたティッシュを温く濡らした。

 数億個の生命の死。これらは何もない行為の象徴だ。
 それでも二人は幾度となく同じことを繰り返すだろう。

 平山が寂しさで死んでしまわないように、森田が一人の静寂に押しつぶされないように。
 互いに抱き締めあう腕はないけれど、相手を抱き締めるだけの腕なら持っているから。
 二人で孤独を舐めあうようにして、何も掴めない腕を精一杯伸ばし、無意味に抱き合う日々を重ねるのだ。


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とうとう我慢できなくなって幸鉄書いちゃった。
幸鉄はホントいい。しかし私が書いたら甘くなくなると言う罠。