「今日は外にメシ食いに行かないか?」
直に畳に座り、壁にもたれかかるようにして本を読んでいたら、森田が何の脈絡もなしに提案してきた。
机の上に乗っている年代物のデジタル時計を見れば、6時を少し回った所。今日は仕事は休みだ。
「珍しいな、何かあったのか?」
先程まで台所で何かを探していたのは気配で判っていたけれど、そうくるとは思わなくて思わず聞き返してしまった。
今日の夕飯の担当は森田だが、どうして急に夕飯を食べに行くなんて言い出したのだろう。
金が無いわけではないが、いつもは無駄遣いすることなく、家でささやかな料理を作って食べていたのに。
「何もないけど、強いて言えば気分転換?」
「ふぅん…行くからちょっと待ってくれ」
腑に落ちないけれど、取り敢えずは用意だ。
部屋着のスウェットでもいいけれど、森田のラフすぎない格好を見るに、ちゃんとしといた方がいいだろう。
「そんなにキッチリしなくてもいいのに」
「そんな訳にはいかないだろ。折角のお誘いだしな」
「なんだそりゃ…」
呆れたように眉を下げる森田にニヤリと笑って、平山はハンガーにかけられていたダウンジャケットを羽織り、袖を通す。そんなに寒くは無いからマフラーは巻かなくてもいいだろう。
「何食う?」
「何でもいい。てつが食いたいモン食えば」
「…俺はゆきに聞いてるんだけど」
卓袱台の上に乗っていた茶を啜りながら、準備している平山を見上げる。
悪戯でも思いついたような顔で、可愛らしいことを言うのは止めろと平山は言いたくなってグッと堪える。
晩飯なんてなくていいから目の前にいる人間を食いたい、なんて考えが一瞬脳内を手を振りながら駆けていった。
怒られるから今は実行はしないが、帰ってきてからのデザートは決定だ。
「…じゃあラーメンは?」
温かいし丁度良いだろうと言うと、森田はあっさりと頷いた。
「俺はチャーシュー麺」
「タンメンあったかな」
ラーメン屋にあるメニューを思い浮かべれば、さっきまで平気でいたのが不思議になるくらい、腹が減ってきたのだから面白いものだ。
「準備できたぞ」
「ん」
くたびれたスニーカーを突っかけて家を出る。
鍵は平山も持っているけれど―――所謂”合鍵”と言う奴だ―――森田がかけていた。
太陽が落ちて、すっかり暗くなってしまった道を二人肩を並べて歩く。
近所とは言え、ラーメン屋はまだまだ先、20分はかかるだろう。
「何で今日は外に食いに行くんだ?」
男二人。オンナノコが作るような華美な料理は出来ないが、平山は森田の料理が気に入っていた。
平山は料理が苦手と言うわけではない。手先が器用だったし、自炊していたこともあって、男にしては高いレベルだと思う。
反して森田は男の料理だ。切った野菜が乱切りなのは当たり前、大きさもばらばらで煮崩れる事もしばしば。フライパンを使えば必ずどこかを焦がしていた。
けれど、そこには森田の気持ちが込められている。
平山は一生懸命に料理を作る森田の姿を眺めるのが好きだった。
別に外に食いに行かなくても、と言う気持ちは家を出た今でもある。
外の料理は派手だし、味も一定でぶれる事がないから安心して食べられる。味噌汁の塩辛さにお湯を足すなんて事もしなくていい。
しかし平山は、それでも森田の料理が好きなのだ。
「知りたいか?」
不満顔を隠さない平山にどう思ったのか、森田は肩をぶつけるようにして寄り添ってきた。
森田のジャケットと平山のダウンが擦れた音を立てる。
「…ほんとはデートがしたかったって言ったらどうする?」
こそりと小さな声で囁かれた言葉に平山の足が止まる……と言うよりも、硬直。
「……っ…!」
声が出ない。顔が熱い。
今が夜で良かった。もし昼間なら、とても見せられた顔じゃない。
「ゆき?」
「〜〜〜〜〜」
確信犯だろう、楽しそうな声で己の名を呼ぶ同行者を平山は見ることが出来ない。
ラーメン屋まで、上昇した熱は下がるだろうか。
あと5分の距離が、とても残念だった。
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書き上がったの読み返したら甘すぎて私が吃驚した。
某様宅の「ゆき」呼びと「てつ」呼びが凄く好きです…つまりはパクr(申し訳ありません…)