秋も終わりに近付こうという季節、昨日までは綺麗な夕焼けを映し出していた窓の外は今は薄暗く、ひんやりとした空気が僅かな隙間から溢れていた。
秋時雨だ。直に止むだろうが、部屋の温度はさっきよりも少しだけ下がっている。
平山はこの部屋の中で唯一の温もりを求めて、本に向けていた視線を上にずらした。
けれどその温もりは今、机を挟んだ向かいの奥、シンクで夕飯の洗い物をしていて、平山の視線に気付かない。
面白くない。
隠しもせずに形のいい眉を寄せて、口先を尖らせる。他の誰にも見せられない、平山の子供っぽい一面だ。
こうして一緒に暮らすようになった同居人には何を飾らなくてもいいからか、ちょくちょくこういう顔を見せている。
「鉄」
「……幸?」
振り返った同居人は最後の皿を洗い終わると、手をタオルで軽く拭いてから近付いてきた。
一緒に住んでいる同居人は、雨が降った日にはいつもよりほんの少し多く甘えてくる。
そのことを平山は誰にも言わないし、本人にだって言ったことはない。これは誰も知らなくていいことだ。
ただ平山が何かを感じて勝手に思っているだけだが、恐らくは当たっている。
「ゆき…」
ワンルームの小さい部屋で、一カ所だけ密度が上がる。
森田は自分の名前を呼ぶだけで新しい話題を出してくるでもなく、壁に背を預けて本―――"雀力を鍛えれば強くなる麻雀"―――を読んでいた平山の横に腰を下ろした。そして平山の肩にもたれ掛かるようにして頭を乗せる。
平山の半身が、ぬるまったい温度に侵されてゆく。
「俺今日と明日は休みだし、明日、鉄が仕事終わったら食べに行こうか。迎えに行くぜ」
「…でも何時になるか」
「それくらい待つ。鉄と一緒に帰れるしな」
平山は最初から読む気のなかった本を横に寄せ、森田がもたれ掛かりやすいように体を傾けて、長い髪を流れに沿って撫でる。最近ドライヤーで乾かすようになった髪は、痛みなど知らないというように柔らかかった。
森田は平山の優しい行為に安心したように目を閉じている。平山が自分に害を与える事はしないと思っているだろう。その信頼がくすぐったくて温かい。
「ほら、この前に駅前にイタリアンの店が出来ただろ? チラシ入ってた」
「入ってたっけ」
「ちょっと前にな。そこの料理が凄く美味しいんだってさ」
雀荘で知り合った男が教えてくれた情報だ。何でも、結婚記念日に奥さんと行って大好評だったとか。
勿論、そこには色々な主観も混じっているだろうが、平山も森田と居るだけで幸せなのだから似たようなものだろう。
「…でも俺、服ない」
「大丈夫だろう。俺もきっちりした服なんて着ていくつもりないし。追い出される時は二人一緒だ」
「ふふっ」
冗談が面白かったらしい。平山の肩に小さな震えが伝わる。
小さく笑う森田に、平山もほっと力を抜いた。
もう、大丈夫だろうか。
森田の心中は正確には判らないが、平山にすり寄りながらも殻を被っていた森田の壁が薄くなった気がする。
ここ最近続く時雨で閉じこもりがちな森田の殻を、優しく撫でるようにして解きほぐすのが、平山の最近の課題だ。
「幸」
「ん?」
「明日は多分、6時くらいに終わる…かな?」
「ならそれくらいに迎えに行くな」
こくりと頷いた森田の頭に頬を寄せ、平山は心の中でそっと願った。
明日はちゃんと、晴れますように。
秋時雨は遠い彼方。
----------
きっちりした服がないって言ってますが、森田の緑のスーツは押入の奥に入ってます。幸雄もそれは知ってます。でも突っ込んだりはしない。それが幸雄の優しさだと思います。
しかし幸鉄はどうしてか食べ物系の話多いな…