ふと、昔の事を思い出した。
それは今よりもずっと昔で、そう、世間で青春時代なんて言われている時の頃だ。
俺は暗くもなければ目立ちもしない、どこにでもいる正に平凡な生徒、いや、普通よりも少しずれていたかもしれないが、少なくとも問題を起こすような生徒ではなかった。
悪目立ちして問題を起こす奴が馬鹿に見えて、悪い事をするなら見つからないようにやればいいのにと、周りと同調することもなく独り同級生達を覚めた目で見ていたと思う。
一旦悪事が露呈してしまえば、世間からは外れた社会不適合者としてラベルを貼られ、そうして少なくとも学校という名のコミュニティから弾かれる。俺は良くも悪くも現実主義で、全くのリアリストだった。
同じ年の同級生からすれば、さぞ絡みにくい級友だっただろう。
体育祭や文化祭もやらないことはないが、それで結果を残したとしても、年相応の馬鹿はせずにやはりどこか冷めている。
自分の能力に驕っていたのかもしれない。自分以外は低レベルだと決め付けつけて、周りに合わせる協調性など持っていなかった。
「………き、ゆき!」
「……!」
ぱちりと瞬きを一つ。眼前では平山よりも男らしく発達した掌が左右に振られていた。
「…鉄」
世話好きなのかどうかは判らないが、一緒に住んでいる同居人はこうしてよく平山を気にかける。
確かに森田はただの同居人ではなく恋人なのだが、それにしてもよく世話を焼くそれは、もしかしたら夫婦の域に入っているのではないだろうか。
森田が嫁だったらきっと毎日が楽しいな、などという所にまで考えが飛躍した所で、平山は漸く意識を現実に戻した。
「大丈夫か? 瞬きもしてなかったけど」
「少しぼーっとしてただけだ」
「でも、さっきから何回呼びかけても上の空だし、風邪引いて熱が有るんじゃないかと思ったぞ」
目の前でひらひらと振られていた手がふわりと移動し、平山の額にそっと当てられる。
見た目の無骨な手とは裏腹に掌の肉は柔らかく、平山の額を優しく覆った。
「熱はない、か…?」
「だからぼーっとしてただけだって言っただろ」
実際に熱を測って納得したのか、森田の掌は平山の落ちかけた髪をかきあげてから、触れた時と同じようにゆっくりと離れていった。
自分より少しだけ高い温度を失くした肌が寒々しく震える。
「ゆき?」
唐突に、本当に唐突に、この温度を失うのは嫌だなと思った。
触れた温度が平山を少しずつ落ち着かせていく。
「…てつ」
口から出した声は掠れていた。
それだけ動揺していたのか。己の前にある温度を失うと言う恐怖に。
「……ゆき、俺も」
声と共にさっき自分の額に触れていた掌が平山の背に回されて、平山の体を温く包む。
移ってきた温度が平山の体を温め、互いが密着したことで相手の心音と自分の鼓動が重なって聞こえた。
とくん、とくん、とくん。一定のリズムで奏でられる音は、平山から余計な力を奪ってゆく。
「…鉄」
「…もうちょっとだけこうしてていいか?」
「…………」
こうして甘やかされて、どんどん弱くなっていくことを平山は自覚した。
けれどそれは、同時に酷く甘い疼きを齎す。
今の自分を見てあの頃の自分は何と言うのだろうか。
平凡とは程遠く、他の奴を喰いながら生活している今の俺の姿を。
それでいて、人に合わせることを幸せだと感じている矛盾したこの現状を。
けれど俺は、ささやかだと笑われそうなこの日常を、とても愛しいと思った。