「…やっぱり、だよな…」
「どうした?」
「うん…ちょっと、な?」
銭湯から帰ってきて早々、平山は何かを考え込む態勢に入る。そう言えば、帰りもずっと何かを考え込んでいた。
首を捻る森田に平山は言葉を濁すだけ。
これは今森田が理由を聞いたところで、平山が結論を出してからでないと教えるつもりはないのだろうと勝手に決めつけ、荷物を置いて洗面所に向かう。
手を洗い、うがいをする。鏡に映った森田はいつも通りだ。おかしい所はない。
「だよなぁ…」
「なんだよ…」
うんうん唸っている平山の視線は、相変わらず洗面所から出てきた森田を追っている。
けれど森田が平山の思考まで読めるわけもなく、直接言われないと判らない。
視線が突き刺さるのを感じながらも、森田は平山の居る小さな居間を横切って、シンク横の冷蔵庫で冷やされた目的のものを取り出す。
銭湯まで汗を流しに行き、家に帰ってきたのは丁度小腹も空く頃合だ。
コンビニで『男のティラミス・秋』とラベルを貼られて売られていた、流行の言葉で言うならスイーツである。
男の、とされているようにその内容量は多く、10センチ四方はあるだろうか。値段は少し張るが、ささやかな贅沢だと思えば割り切れた。
片手にティラミスを持ち、水切りかごからスプーンを拝借。
それから平山の居るちゃぶ台の所まで引き返し、ティラミスと匙を置いて一呼吸。
「いただきます」
一番下のスポンジまでスプーンを差し込み、口に含めばなんとも言えない幸せに包まれる。
ふわり甘いムース生地にコーヒーの苦さがきいていて、それを僅かなココアパウダーが纏め上げている。
丸々クリームのケーキの類は苦手だが、これくらいのビターな菓子なら大きい方が食べ応えがあって好きだ。
それに風呂上りにデザートなんて、アパート長屋で考えると随分優雅な生活ではないか。
「……なぁ、鉄、一つ言っていいか?」
もぐもぐと口を動かしながら平山を見やる。
平山は考え事がやっと纏まったのだろうか、顎を支えるようにしてちゃぶ台についていた肘を元の位置に戻し、森田に向き直る。
「あに?」
ティラミスを一口に放り込み、怠惰にスプーンを銜えたまま返事をした森田に、平山は溜息をつく。
「喋る時はスプーンを置けって」
突っ込んでいた口からスプーンが引き出され、ティラミスが入っている容器の蓋にことりと伏せて置かれる。
そこら辺から、いつも森田は平山は恐らく育ちがいいのだろうなと思っている。少なくとも、平山はティラミスに突っ込むような真似はしない。
スプーンの行方を見届けてから、森田は平山に目を移す。が、平山の目は森田相変わらず森田を見て…と言うよりも凝視していた。
頭の先から体全体の線を視線がじっくりと辿って、最後に森田の腹で止まる。
「幸?」
「あぁ、うん」
べろん。
「うおぉおっ!?」
予備動作もなくシャツと色気の無いタンクトップを一緒に捲られて、これには流石の森田も動揺を隠せない。
しかも平山は森田の腹をぺたぺたと触っている。
「やっぱり…」
そういう行為には必須の甘い空気など何処にもなく、あくまで確認の為とでも言いそうな色のない触り方だ。
ぶつぶつと何かを呟きながら腹をまさぐる平山に、森田も声をかけるのを一瞬ためらった。
しかしその後直ぐに考え直す。
平山が触っているのは彼自身ではなく、森田の腹だ。
「幸、何して……ひっ?!」
ぎゅむ、と。
目を平山の顔から手元に移すと、薄い腹の肉をつままれていた。
「ひゃ!?」
ふにふにふにふに。
確認作業のためか、単に気持ち良いから止められないのか、平山の手は止まらない。
そしてとうとう、平山の口から森田に核爆弾が投下された。
「鉄、お前最近…太った?」
ふとった? ふと…太いって誰が? 俺が? そう言えば最近ズボンがキツイ…いや、そんな馬鹿な。そもそも太っちゃ仕事も行けないだろ。
森田の脳内で自分自身に対する問いかけが行われる。
「そ、そんな訳ないだろ」
きっと平山の気のせいだろう。連日の勝負で疲れているに違いない。彼の才能は目と頭を使うから。
脂汗を額に浮かべ、白を切って見せるが、けれども平山には通じない。
何度一緒に寝て、風呂に入ってると思っているのか。森田の体の事なら、おそらく彼自身よりも把握している。
「いや、太った。絶対だ」
森田は脳内に設置された気のせいボタンを連打したが、平山の手は止まらない。
ふにふにと肉を掴んで、己の勘が間違ってないことを確認している。
もう、昔のような生活には戻れないのか。
現実は無常にも森田に腹の肉を見せ付け、そして今までの生活に休止符を打てと訴えてくる。
「っ……」
「鉄?」
「ダイエット、してやるっ…!」
森田の身を切るような声と共に、秋のデザート祭と言うささやかな幸せは終了した。
その後、運動につぐ運動で森田の筋肉が更について男らしくなっていくのを見て、平山は己の指摘にもう少し優しく言えば良かったと反省したとか落ち込んだとか。
疲れた森田にケーキを差し入れては、悔し泣きをされて困る平山の姿が、一部では見られたと言う。
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コンビニの秋の祭りに踊らされて太ったのは私です。←