「おかえり」

「ただ…いま」

「なにか、あったのか?」

 バタンと。いつもの森田ならば近所への迷惑を考えて静かに扉を閉めるのに、錆びたドアは大きな音を立てて元の場所へと戻った。
 その音に一瞬吃驚したものの、しかし森田の顔を見て納得。

「鉄、こっちで話そう」

「幸…俺は間違ってるのか…?」

 森田は玄関から動かず、視線は靴に落としたまま平山に問いかける。

「そこじゃ寒いだろ」

「幸、答えて」

 俯いていた顔が上に持ち上げられ、平山の視線と絡む。

 森田の顔は、出かけた時と変わっていた。
 ひどい傷こそないものの、口端には傷ができているし、目尻辺りには思い切り殴られたのであろう青痣まで作っている。
 森田の相手は一人か二人だろう。それなりに修羅場をくぐってきた森田にとっては、さばける人数だ。
 前に一度、平山が仕事帰りに道端で森田がゴミ袋の上に捨てられているのを見た時に比べれば、今日のは随分マシである。あの時は本当に取り乱してしまった。

 想いを通わし、森田が外に働きに行くようになってから見慣れてしまったそれ。
 うまくいっていたと思っていたが、今回の職場も前の所と似た感じだったらしい。
 人を踏み台としか思っていない輩や、軽んじる人間が許せないらしい森田は、度々仕事先で問題を起こしていた。
 正直者が馬鹿を見る。全くの善人を食い物にしている輩は、どの世界にでも居るということだ。

 平山はそんな奴等は放っておけばいいと思う。世の中、自分が他人を食い物にするか、自分が獲物になるかのどちらかだ。
 平山は前者を選び、これからもそれは変わらないだろう。

 森田の過去を余り詳しく聞いた事はなく、今でこそ落ち着いているが、平山と同じく、時折人を食い物にしてきた者のみが持つ気配を感じる時があった。
 静かに研ぎ澄まされた、それ一つで状況を引っくり返してまえるような細身のナイフ。出逢った時など、頚動脈に刃を突きつけられているかのような気すらした。
 森田も人を喰う立場なのだろうと、思っていた。けれど実際は平山の目の前にある。
 どうしてわざわざ苦しい道を選ぶのか、平山には判らない。

「ゆき…」

 平山にとって、その問いに答えることは簡単だった。

 森田の間違った行為を正すという行いは、賞賛こそすれ非難されるものではない。
 けれど、平山が食いつなぐ為に行っているのもまた、間違った行為であるのだ。
 瞬間的に牌を暗記する。森田はそれを平山の才能だと言う。しかしそれは詰まるところで、どう贔屓目に見てもいかさまだ。
 それは平山が一番よく知っている。知った上で、牌を操っているのだ。

「幸……」

「鉄は間違ってない、だろ?」

 でもどうしてそのことを森田に告げるのは躊躇われ、恐らくかけて欲しいであろう言葉を選んで、平山は背中を押すことしかできなかった。


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同棲し始めた最初ら辺、幸雄も森田を完全には理解できてなかった頃。でも優しくしたい幸雄。
神威の毒は相当きつかったと思います…。